>>750
20節
「被造物が虚無に服したのは、自分の意志によるのではなく、服従させたかたによる」

被造物が、虚無(=死すべき定め)なのは、
自分から望んだのではなくて
神が、被造物を死すべきものとして創造されたのである
という意味ですね。
で、その死すべき被造物が神の子を待望しているのは、(18節)
人間の一部が神に救われて神の子らになると、地上の他の各種の生物たちにも
永遠の命が与えられ被造物世界全体が救われるからです。

最初に神が被造物に永遠の命があるようにクリエイトしておけば
よかったのに、自作自演ぢゃんという意見はありうるかもですね

ただそれより、全被造物が救済されるならば、
罪の結果死ぬことになった、アダムの原罪など余計なことを言うなよ
という批判はありうるかもです。
が、パウロス先生ですら人間以外の生物も罪の結果、死ぬことになったのだという
理論を振りかざせなかったので、こういう主張になっているのでしょう。

8:29は、完全に予定説ですね。
だけども新共同訳注解などプロテスタントメインラインは、ここを神学的思弁である
予定説と解釈してはいけない、福音が語られているのであると主張していますね
なぜなんでしょう。パウロスオリジナルの予定説なのにね