やはり、と言うべきか。バッハ発言がロシア・スポーツ界で大きな波紋を広げている。

 現地9月30日、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長がイタリア・メディアの取材に応じ、ひとつの見解を明らかにした。今年2月にウクライナ侵攻作戦が始まって以降、国際大会から締め出されているロシア人アスリートに関して、独自のビジョンを示したのである。

 バッハ会長は「未来について考える必要があるが、決してロシアを復帰させるという意味ではない」と前置きした上で、「ロシアのパスポートを持つアスリートで、戦争を支持しない者についての競技復帰を考えていきたい」と救済案を提示。そして、「彼らをいつどのようにして復帰させられるのか。状況を見守り、注意深く監視していく。この一件は我々にとってジレンマであり続けているが、戦争はアスリートたちが始めたわけではない」と付け加えた。

 これを受けて、ロシア側は過敏に反応している。各メディアはこぞってスポーツ関係者や政府要人にコメントを求め、当然のごとく激しい反発を招くに至っているのだ。地元メディア『RIA Novosti』が拾った主なオピニオンは以下の通りだ。

 まず強い口調で反論を展開したのが、2006年トリノ五輪・フィギュアスケートのペアで金メダルを獲得したタチアナ・ナフカ氏である。彼女の夫はウラジーミル・プーチン大統領の右腕で、政府報道官を務めるドミトリ・ペスコフ氏。ナフカ氏自身も西側諸国から経済制裁を受けている重要人物だ。

 彼女はバッハ発言に対して「明らかな脅迫行為よ。スポーツと政治は切り離すべきだと言いながら、結局はアスリートたちを政治に引きずり込んでいる。無礼極まりない。ロシア人アスリートでそんな呼びかけに応じる者はひとりもいないと信じる」と、なかば呆れ気味に私見を述べた。

 同じくフィギュアスケート・ペアで3度の金メダルに輝いたのが、イリーナ・ロドニナ氏だ。ロシア連邦議会で下院議員を務める73歳は「バッハ会長とIOCは矛盾に満ちている。もしこんな提案を受け入れるとしたなら、それはとても下品な行為であり、自身の尊厳をも失なうことになる」と警鐘を鳴らした。

 さらに、2006年トリノ五輪・女子スピードスケート500メートルで優勝を飾り、ロドニナ氏と同じく下院議員のスベトラーナ・ジュロワ氏も怒りを滲ませる。こちらは「明確な意図を持っての言動でしょう。ロシアにはそんな提案に応じるアスリートがいるのだと西側に喧伝するために、あえて公の場で口にした。かなり厳しい挑発行為と言える」と断じた。


 そして、現役のオリンピアンからも反発の声が上がった。昨年の東京五輪・男子体操団体でROC(ロシア・オリンピック委員会)に金メダルをもたらしたひとり、アルトゥール・ダラロヤンだ。彼は「国際大会に出場したいからといって、祖国を捨てるような行為に誰が及ぶだろうか。提案を受け入れるのは自由だし、個人の選択になる。でも、少なくとも僕たちのチームにそんな人間はいないと言い切れるよ」と想いを吐露した。

 そのほか、フィギュアスケート界の大物で名コーチのタチアナ・タラソワ氏は「私たちは国家の子ども。バッハ会長にもし子どもがいるなら、彼らに父親を見捨てなさいと言えるのかしら」と疑問を投げかけた。

 もはやロシア国内は“反バッハ発言”に対する一大キャンペーンの様相を呈しており、賛同する意見は皆無に等しい状況となっている。

構成●THE DIGEST編集部