りおつん「なぜ『いい日旅立ち』を選んだかというと、自分の歌とコンプレックスに向き合うためです。この歌詞の意味をそのまま表現はできないけど、自分の状況と歌詞を重ねて歌いました。

私は昔からハスキーボイスの低い声で、周りの友達はみんな可愛い声なのに、私は1人だけガラガラ声で男子より声が低いことに悩んで、周りと比べるようになって、ずっとコンプレックスだった。アンパンマンの歌も可愛く歌えなかった。それでも歌がずっと好きだった。

声は生まれつきだから変えることができないし、モノマネしても可愛い声が出せない。私は一生こんな声なんだ…ってよく泣いていた。なんで私だけこんな声なんだ、お姉ちゃんみたいにもっと可愛い声に生まれたかった、と。

そんな時にディズニーの『アナと雪の女王』に出会って、「エルサになりたい!」と思って、コスプレして毎日毎日歌ってた。声はガラガラだったけど、それでも歌うことが好きだった。

ある日AKB48がテレビで『大声ダイヤモンド』を歌った瞬間、衝撃が走った。画面に釘付けになって「私これになりたい!」と思った。録画を何回も繰り返し見たのを今も覚えてる。

ママに「どうしたらアイドルになれるの?」と聞いたら、両親が色々と調べてくれてASHを見つけてくれた。それでもオーディションにはいつも年齢制限があって、小学校低学年の私はアイドルのオーディションを受けたくても受けれない日々が続いた。

基礎も何もわからないまま小1でASHに入ることになり、特別審査員賞をいただいて飛び級でAクラスに入ることができたけど、ASHは基礎を習う場所ではなく人と競う場所だった。独学で泣きながら家で練習する日々が続いた。入ってすぐにクリスマスのコンサートがあって、何もできないのに急に出てと言われた。

何もできないから周りにどんどん置いていかれてしまった。自分でできるようになりなさい、と言われた。教わるのではなく、自分で何とかするのがASHだった。ASHに入れば自然とうまくなるのではなく、みんな自分自身で努力してうまくなっているのだと知った。私の負けず嫌いな性格はASHで育まれた。

みんな自分のことで精一杯だから誰も教えてくれない、先生に個別で教えてもらうこともできない、クラスのレッスンは自主練をみんなで合わせるだけ、次々と進んでいくからできない子はどんどん置いていかれる。それでもやるしかないと泣きながら練習した。環境は凄くいいけど、自分で考えながら動かなければすぐに置いていかれる厳しい世界だった。ASHに入ればうまくなるという概念はなかった。『SPL∞ASH』は雲の上の存在だった」