選手に崇高なノルマを課す一方で、自身の進退も肝に銘じていた。「この世界は1年勝負なんだよ。選手だって監督だって同じ」。V厳命の孫オーナーの意志はひしひしと感じ取る。2位は敗者と同じという孫思想。V逸は引責の2文字を投影した。汚名を背負った3年契約の最終年にかけた。「勝って当然」の声もあったが、この環境でこの仕事を知る監督は自分だけ。孤独だった。重圧が腹の底でしくしく音を立てた。

 7月末の奪首後も背後に足音を聞く戦い。睡眠導入剤を欠かせず、氷を浮かべた吟醸酒を飲んで眠る日々。いつしか私生活も行動範囲はコンビニ、ゴルフショップと狭まった。「プレッシャーを楽しめ」と口にしていたが、違った。練習中、文字を書く右人さし指が30分間、宙を泳いだ。「自分のサインが書けない。脳が疲れている」。1位を走る指揮官がもがいた。気付くと技術屋の監督がやつれた顔で「気持ちの問題」と精神論を訴えていた。

 ふと「ゾンビとかが向かってくる夢を見た。それを倒すんだ」と漏らした。ある夢診断のサイトに「何かに追い詰められながら、逃げずに恐怖、問題に立ち向かい、抜け出せる暗示」とあった。選手の能力に頼る「ポテンシャル野球」の批判に加え、9月は勝てない恐怖を味わった。「すごいプレッシャーだった」と苦しさしか覚えていない。