あれは84年5月の大阪遠征中やったな。本社の幹部を迎えての朝食会で、俺は広岡監督と同じ円卓に座った。
監督の方針で、出てきたのが玄米の三分づき。まっ黒けや。それでな、悪気も何もなく、不思議に思って聞いたんや。

と。そしたら場が妙な雰囲気になって、監督は出ていった。その遠征から戻ってすぐ2軍落ち。プロ18年目で初めてやったな。

いろんな記録を達成してきたけど、最終的な目標は、日米で例のない1千試合登板やった。これが心の支えやった。だけど結局、シーズン終わりまで2軍。
一度も昇格の打診すらなかったと2軍監督から聞かされて、「そんな世界なら未練はない」と、野球をやめることにしたんや。

西武を自由契約になったあと、縁があって85年に米大リーグ入りに挑戦さしてもらった。
日本球界を追われた36歳のオッサンが、ブリュワーズのメジャー契約をかけてスプリング・キャンプに参加するんや。
完全燃焼するまでは野球やめられへんからね。最後に対戦したのがヤンキースで活躍したレジー・ジャクソン。
メジャーで500本塁打してる彼が、すさまじい形相で打席に入ってきた。
真剣勝負の末に、ちょっと外の抜いた球を左中間に運ばれた。あんなきれいなバッティングされたらもう、完全燃焼だよ。

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