かつてアメリカの新聞で、「打撃はあらゆるスポーツの技術のなかで、もっともむずかしいテクニック」と紹介されたことがある。
文字にしてしまうと簡単だが、野球選手は大変なことを成し遂げているらしいのだ。

そうなると、知りたくなるのが、人間はどれくらい速い球を打てるかということ。
それを科学的に探るために、立命館大学の塩澤成弘准教授に取材を申し込む。
塩澤准教授は、人間の反応についてのデータを提示してくれた。光源を使った反応実験である。

「光源が光ったらボタンを押すという単純な反応を調べると、一流選手でさえ0.2秒かかります。
そこから青と赤ふたつのランプを用意したり、選択肢が増えると反応時間は増加していきます。
しかも全身運動の場合だと、単純反応に約0.1秒がプラスされます」

研究結果(「非鍛錬者、運動選手の全身反応時間」<猪飼、1961>)によれば、
男性の場合、非鍛錬者の全身反応時間は0.365秒。それに対して一流選手は0.324秒だった。
「即座に反応する」とはいっても、実際にはこれだけの時間が必要ということになる。

では、投手がボールをリリースしてからホームベースに到達するまでには、どれくらいの時間がかかるのだろうか。
「ピッチャーのリリースポイントからバッターまでの到達時間を平均球速から予測すると、このようになります
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「理論上は、非鍛錬者であっても0.36秒ほどで全身反応ができているわけですから、170kmくらいまでは打てるということになります。
もし、球種もコースも特定されていれば、予測という要素も入りますのでもっと速い球でも打てるかもしれません。

ただ、実際の野球の試合となると、投手を観察し、バットを振りながらボールを見極め、さらにスイングを調整するという複雑な動作を行うことになります。
そうなると一流選手ならなんとか170kmくらいのボールに対応できるのでは……というレベルではないかと思いますね」

科学的データから考えてみても、やはり現実的にはプロの打者であっても170km台の速球になると即座に反応するのは至難の業のようだ。
そうなると、配球を読むなどいかにも人間的な、経験を重ねた上での作業がやはり重要になってくるということだ。