>>77
投手陣全体のノックに入ろうとした大野を、当時の投手コーチが「おまえ誰? 入らなくていい」と言葉と仕草で追い返した。理由は数日前にメニューに組み込まれていたプール(球場からは離れた場所にある)でのトレーニングに、大野が来なかったからだった。翌日にコーチはペナルティとして「特守」を課そうとしたが、大野は拒否(ほかにもう1人いた投手は受けている)。

 しかし、大野はコーチに反旗を翻そうとしたのではなく言い分があった。それは投球練習を行わなかった当日のプールトレーニングは免除されるというチームのルールに従っただけというものだ。

 読んでおわかりのように、公衆の面前で大人が大人をしかり飛ばすような話ではない。

 結局この件はどちらも処罰はされず、うやむやに終わった。しかし、当たり前だがしこりは残る。翌'18年に登板した6試合は、一軍での先発日に出場選手登録をしては翌日に二軍へとUターンする、野球界でいう「投げ抹消」の繰り返し。投げる本人にすれば結果を出しても出さなくても次のチャンスはないことがわかっており、これでモチベーションを保てという方が無理な話である。

サラリーマンは上司を選べない。

「俺は好き嫌いで起用したりしない」

 プロアマ問わず、指導者は必ず口をそろえる。上司にも同じことがいえるのだが、上に立つ人間の評価は最終的には部下や選手の仕事や成績で決まる。ということは優秀な人材はもちろん、平凡な人材であってもモチベーションを下げて得るものなど1つもない。

「サラリーマンは上司を選べない」とはよく言われるが、スポーツ選手だって監督やコーチは選べない。

 そんな大野に救世主が現れた。与田剛監督である。

球団内部には「大野にはトレードで新しい環境を与えた方がいいのでは」という声もあったが、新監督はそんな動きを即座に凍結。それどころか「170イニング投げてくれ」と主軸としてのノルマを早々に与えた。

 元来の大野はトラブルメーカーなどではない。むしろ頼られれば意気に感じ、乗せればどこまでも上がっていくタイプである。晴れてモチベーションはV字回復。新監督の期待に見事に応えたのがノーヒットノーランであり、侍ジャパン入りといえるだろう。

 ちなみに大野が未勝利に終わった昨シーズンの投手陣はリーグワーストの防御率だったのに対し、今季は堂々の3位(9月26日現在)。能力ある人材を上手に使いこなしたことで、結果として上司の評価も上がったことになる。