気がつけば2020年の日本一から10年ずっと、正捕手の座を守ってきた。37歳。誰がここまでの成長を当時想像しただろうか。2025年にキャリアハイの打率.3487を記録して阿部慎之助の全盛期を抜いたのは自分でも出来過ぎだと思ってはいる。だがそれからの努力は見事だった。
量子コンピュータを駆使するデータ分析のチームを台湾から呼びよせ「直感型ID野球」を完成させた。瞬時にあらゆるデータを解析する。そこに自身の性格や球場の湿度やあらゆる不確定要素を加えて最適解を出す。

そしてそれを前日に徹底的に予習する。そんな鉄のような努力を続けられたのは、2020年のシリーズの快感が忘れられなかったからかもしれない。その自分が一瞬の隙を作ってしまった。逃げる気持ちがその隙を突いた。
それは10年かけて美しく完成したダムにあいてしまった小さな穴だった。小さなその穴が終わりの始まりなのがわかった。

ベンチに戻ると松井秀喜監督は何も言わずに大城の肩に手を置いた。その手の厚みと温度に大城はこみ上げてくるものを我慢できなかった。阿部前監督から通算200本本塁打の時にプレゼントされたフルフェイスのキャッチャーマスクをかぶって静かに泣いた。引退という文字にどこか安堵しかけている自分がいた。