「基本書一冊の徹底的読み込み」 平野裕之(明治大学在学)

 一 司法試験に合格するためにほ、難解な法律論をする能力、特殊な知識、そして、分けの分からない受験技術などが必要とされていないことは、それらとは全く縁のない私が合格したことで実証されたといえる。それでは何が必要かといえば、具体的方法は別として一般論としては、次のことが言えると思う。
(一)まず、法律家としての教養を見る試験である以上、法律家特有の法的思考能力が試されているはずで、その能力が身に付いていること、およびそのような法的思考能力を身に付けるに適した勉強方法を採ること。
(二)次に、試験科目が限定されている以上それだけでは不十分で、ある得度の知識があること。ただし、知識は司法試験の中核たる法的思考能力の前提ないしは、それを活かすものにすぎない。
(三)最後に、気力が結局はものを言うことは、昨年の猛暑の最中の論文式試験を例に出すまでもなく、明らかであろう。

 二 各試験について
(一)まず短答式試験でよく言われるのが、①過去問題、②条文、③基本書精読の三つである。合格著が口を揃えて言うもので、経験は最高の師であり異論はない。ただし、私は過去問題は一回通して解した後、チェックしておいた理解していなかった部分、およびそこへの書き込みを繰り返し読んだ以外は、基本書の精読のみで、条文はその際中に確認しただけだった。

二)次に論文式試験だが、そのための勉強は、自分の考えを文章に表わす力をつける方法が必要となる。実際に書いて見ることが一番と言えるが、答練等を経験してない私は、基本書を分析しながら読むこと以外のことは行わなかった。けだし、答案に自分が理解していることを示さねばならない以上、書く本人が、基本書を読みこんで実際に理解している必要があるし、また、法律書の文章を分析することで、その構成のコツがつかめるからである。
 本番では、このおかげで構成は楽に行え、後は、不必要なことおよび自分がよく理解していないことを書かないように心掛け、極力簡潔かつ流れがあり、しかも迫力のある答案を書くことに努めた。けれども、試験中に読み返して見て、全く難しいことは書いてないし、文章も平易で軽く読み流しされてしまいそうなものであり、何度も手を加えようかと迷ったが、結局そのまま提出したため、勝手に不合格と決めつけてしまっていた。結果は合格。つくづく、司法試験は難しいことを要求しているのでなく、要所を押えてさえいればよいことを身をもって感じた。

(三)最後に口述試験だが、私はここでも基本書中心で、前に気力が最後はものを言うといったが、後掲の基本書全部をわずか二週間で二回読んだ。口述試験は、司法試験が法的思考能力を中心に見るものである以上、論文式試験で、これを欠く者が誤って受かっていないかを判断するものと言える。事実、口述試験では、その場で答えねばならないし、また、従来論じられてないような問題ばかりが出されている。したがって、これに対処するには、日頃から、基本書を考えながら読むことにより、応用力を身につけることが必要となる。

 三 最後に基本書だが、自分の考えが中心であり、基本書はその資料を得るためのものである以上、どれでなければならないということはない。ただし、基本書が定まらないような状態では、体系的な理解および自説の形成ができないはずで、論点中心主義の悪弊だと思う。基本書一冊を徹底的に読みこなすことが短期合格には必要である。参考までに、私の基本書を掲げるが、基本書一本に絞れるように厚いものが多い。

憲法-清宮・憲法Ⅰ (法律学全集、有斐閥)、小林・憲法講義(上)(東大出版会)。
民法-我妻・民法講義ⅠⅢⅣⅤ(岩波書店)、舟橋・物権法、来栖・契約法、松坂・事務管理不当利得、我妻・親族法、中川・相続法 (以上、法律学全集、有斐閣)。幾代・不法行為(筑摩書房)。
刑法-団藤・刑法綱要総論・各論(創文社)。
商法-大隅・商法総則、西原・商行為法、鈴木・手形小切手法(以上、法律学全集、有斐閣)、田中誠二・会社法詳論上下(_草書房)。
民事訴訟法-新堂・民事訴訟法(筑摩書房)。
国際公法-国際法ⅠⅡⅢ(法律学全集、有斐閣)。
政治学-高畠・政治学への道案内(三一書房)。