2009年は昨年の守護神・グラ者の長期負傷離脱を皮切りに、昨年の主力救援陣が崩壊。初代総帥・沼者が7敗、後の二代目総帥・力者も5敗、星者は62試合登板を果たすも皺寄せが来たのか防御率4点台に悪化、ゴム者も打ち込まれ前年の半分以下となる22試合登板に留まるなど繰り返し大事な場面で激しく燃え散った結果、接戦を尽く落とし12球団ワーストの救援投手シーズン29敗、パ・リーグ記録となるサヨナラ負け14回、リーグ最下位となる救援防御率5.31を叩き出した。
そのせいで先発投手への負担が顕著に現れ、特に最多勝と沢村賞を受賞したエースの涌井秀章は酷使に次ぐ酷使に遭い*6、翌年以降西武での成績が下がり肝心な場面で炎上するようになってしまった。
順位も前年の日本一から一転屈辱の4位に転落した。

もう13年前なんやな