夏の大会では、主催者である朝日新聞の担当記者は大会期間中、担当チームと同じ宿舎に宿泊します。このへん、今はどうなってるか知りませんが、当時はそういう運用がされていました。そのチームは大阪府内のシティホテルを使っていました。大きくてきれいなホテルです。(小さな旅館に泊まる県もあると聞きます。そういう学校は、セキュリティ面でさらに危険だな、とも思います。)

少なくとも私が宿泊したホテルは立派で、私にはカギつきの個室が用意されていました。ほかのチームの熱心な担当記者の中には、宿舎に帰ってからも取材し、食事も監督や選手たちと共にしていたなどということも聞きましたが、私はそういうことは一切しませんでした。

チームが何回か試合に勝ち、そのホテルに滞在していたある夜、私の部屋のベルが鳴りました。ドアを細めに開けると、選手の一人が立っていました。「話がしたい」と言います。少し不安そうな声に聞こえました。何度も「話したいことがあるんです」と言うので、私がもう少しドアを開くと、その選手はドアの隙間に手を差し込んで、スーっと私の部屋に入ってきました。私が反射的に後ずさりすると、選手はその隙に後ろ手にドアを閉め、閉めたドアの前に立ちました。

部屋から逃げ出すためにはドアを開けなければならず、そのためには選手に近づかなければなりません。体格も私より大きい選手ですし、触られる心配もあり、怖くてドアに近づけませんでした。

ドアの前に立ちはだかった選手は、ひわいな言葉を並べ立て、ズボンの中に手を入れ、マスターベーションを始めました。「胸、大きいですよね」などと、気持ちの悪い表情で言っていました。

前述の通り、相手は体が大きい男性で、私は逃げたくてもドアに近づけない状態でした。選手を説得して行為をやめるように促すしか、私には方法がありませんでした。

「やめてほしい。やめないと大変なことになるよ」

「試合に出られなくなる。監督に電話するから、すぐに部屋を出なさい」

選手ははあはあと息をして、ニヤニヤした顔つきで、とてもまともな状況ではありませんでした。

「試合に出られなくなる。帰りなさい」と、私はくり返しました。しばらく経ち、ようやく選手は自分から部屋を出て行きました。

その後、部屋の電話が何度も鳴らされました。その選手からです。「言わないでくださいね」と言ってガチャンと電話を切ったり、はあはあという吐息の音だけをさせたり、気持ちの悪い電話が続きました。

事件の翌朝、甲子園球場で、高校野球期間中の担当の上司(デスク)にありのままを伝えました。2人のデスクは血相を変え、表情としては「大変なことだ」という受け止め方だったと思います。

しばらくして伝えられたのは、「とりあえず宿舎を移れ」ということでした。チームと同宿のホテルを出て、兵庫県内の別のホテルに荷物を移しました。なぜ被害を受けた私がこっそりホテルを出て行かねばならないのか、納得がいかない気持ちでした。被害を受けてからしばらく、食事がのどを通らなくなりました。

被害を受け、別のホテルに移動してからも、私は加害者のいるチームの取材を続けさせられました。担当のデスクは「取材はできる範囲でいいから」と配慮めいたことを言いましたが、私には続行を命じられること自体が驚きでした。

次の試合は準決勝でした。私の直属の上司である静岡総局長は、事件直後からすべて報告を受けているはずですが、甲子園に来て私と顔を合わせたのは、この準決勝の日。事件の2、3日後でした。私が担当しているチーム、加害者の選手が何食わぬ顔でプレーするチームを応援に来たのです。総局長は私の顔を見て「君、やつれたな」と言いました。
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