父さん死の商人ど真ん中w

国際社会による停戦の仲介も長らく続けられ、02年に停戦合意した際には、日本も、明石康・元国連事務次長を「スリランカにおける平和構築及び復興・復旧担当政府代表」に任命(02~20年)し、和平に積極的に関与してきた。

しかし、結果として、日本の穏当な努力は水泡に帰す。
09年、内戦を突如終わらせたのは、中国が後ろについたスリランカ政府軍による、反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」殲滅(せんめつ)作戦だった。

作戦を可能にしたのは中国の武器支援、特にジェット戦闘機の供与が奏功した。
この支援への見返りに中国が得たのが、スリランカ南端の港「ハンバントタ」であった。
海洋進出の野心を抱く中国にとって、ここはインド洋と南シナ海を結ぶ要所であり、自国海軍艦の燃料補給や整備の拠点にもいい。すぐに港を建設した。