鎌倉武士「やあやあ我こそは!」 高麗軍「てつはうズドーン!」
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でもこれ最初だけやろ?
慣れてきたら夜襲しまくりって聞いたで 鎌倉武士「なんたる卑怯物、作法はいらんか!」腐乱死体ナゲコミー 元寇時の鎌倉武士打線(最新の研究)
1(遊)モンゴル襲来の6年前に大陸にヤベーのがいるのを察知して情報収集してた
2(三)壱岐・対馬は見殺しにしたのは敵情を研究したのではなく単に対馬守護少弐氏への嫌がらせ
3(一)最初の蒙古襲来で人質を盾にしてたモンゴル軍に人質無視して射殺してた
4(指)博多を略奪したのではなく物資と人員と銅銭を徴発してただけ(太宰府天満宮に「徴発やめてよー」という願文と請願が残ってる)
5(右)蒙古襲来4年前に非御家人の動員の権限を幕府が接収、北九州に西国の武士を集中させてた
6(左)使者をぶっ殺した時に書状を見ずに殺したために三度目の使者の書状が和睦(休戦)の使者なのを知らなかった
7(中)二度目の南路軍来るのを半年前に察知して海賊が襲いまくって南路軍が博多に来たときはボッロボロだった
8(二)鷹島掃討戦で高麗人、モンゴル人は皆殺しにしたけど女と宋人は助命してそのまんま戦利品として6千人ほど御家人で山分けしてた
9(捕)実は元寇の後にに来た高麗と元の和平の使者を話を聞かず6回ほど博多で殺してる この時代の鎌倉武士って鬼より怖いを地で行く薩摩隼人も真っ青な集団だからな 蒙古「こいつ一騎討ちしたいみたいだか付き合うンゴ」 >>14
鎌倉殿見てても思ったけど鎌倉武士って死者ぶっ殺しすぎやろ 元寇の鎌倉武士団打線(ちょっと前の研究)
1(中) 壱岐対馬は最初から見殺して相手の戦法を見極めてた
2(二) 既に出兵5か月前に出兵の時期を想定し鎌倉武士団を大宰府に展開してた
3(一) 相手が人質を楯にして攻めてきても関係なく矢を射かけまくってた
4(三) 2度目は30キロの防塁を沿岸に、20キロの空堀を博多の南に、10キロの水堀を大宰府に築いていた
5(遊) 博多が略奪されてるのは目に見えてるので、敵が来る三日前に博多を略奪しつくしてた(鎌倉武士団が)
6(右) 2度目の時はモンゴルに倣って人質を楯にして攻撃してた
7(左) てつはうにあんまり動じずそのまんま徒歩で戦ってた
8(捕) 2度目の時は夜襲しまくって眠らせなかっただけじゃなく相手の船に牛馬の腐乱死体を積極的に投げ入れてた
9(投) 元軍が壊滅した後、取り残された元軍の内、宋人は助命したが高麗人、モンゴル人は負傷者も女性も含めて皆殺しにしてた まだ武士も盗賊上がりとか豪農が多くて誉とかそういう価値観浸透してない頃だからしゃーない 今の壱岐対馬の人達ってモンゴル人の末裔?
元寇で襲われた人達は全滅してない? 鹿が降りれるんだから馬も行けるやろ!って崖を下って奇襲したのは後世の創作、実際は馬は超貴重品で失ったら恩賞貰っても破産待った無しだから馬を担いで徒歩で崖を下って奇襲した 教科書に載ってる有名な絵巻って改竄されてたらしいな >>31
アンチ乙、「いつ」「どうやって」殺すかは考えられるから >>35
恩賞もらうためのワイちゃんこんながんばったやで!アピールや😉 よかった
浜で死んだと思われた誉れはそもそも存在しなかったんやね 名乗りは正々堂々の挨拶ではなく味方への「こいつワシの獲物やから横槍したら殺す」のアピール >>37
まじでリアルにこれやからなあ…
室町まで時代が下って都周辺ですら似たようなありさまやし >>14
研究者も略奪ではなく徴発だったなんて幕府を擁護するような言葉遊びするんか てつはうのあの絵巻が後から描き足したという事を知った時の衝撃 >>14
モンゴルが人質盾にしてるのを見て同じことやりだしたんだよな
それに敵将倒したら戦意下がるだろうと思ったら首取りに更に襲いかかってきたとか言われてるし
頭おかしいって思われるわ 鎌倉殿頼朝が上総介粛清してから基本毎週1人は殺されてるの草生える 世界最強の鎌倉武士でよかったよな
腑抜けた江戸時代の武士だったら日本滅んでたやろ でも侵略する気満々で襲ってきといて和平もクソもないし使者殺しまくるのは当然よな
ていうか分かってて無視してたんだろ 生類憐れみの令が出るまで弱肉強食の時代やったからね
日本は >>41
そいうことじゃなくて、後世の人の手によって書き足されてるって聞いた
そう聞くと絵のタッチが違う人物おるなって思えてしまう そもそも当時の技術レベルで海から占領は無理なんやないか >>62
もうとっくにアップに入っててこっからターボがかかるぞ😉
中世アウトレイジ開幕や >>59
元寇前の使者は殺してないから別に不義ではない 松平元信公から蛮族のキバを抜きはじめ犬公方の時代にほぼ完成した >>51
戦地の慣習みたいなもんの略奪と政府公認の徴発なら徴発の方がタチ悪いんじゃないですかね この頃は農民も坊主も遊女も舐めコロの精神持ってたのになぁ どのみち騎馬使えない時点で負け確ってそれ。仮に博多取れたところで山ばっかだからモウコノウマではロクに進軍できない時点で無理ゲー >>62
今日から本編スタートや
去年13人の合議制発足して来週梶原が族滅される予定 庶民はいつころされるかわからないから権力者庇護下に入っていた >>57
佐藤浩市暗殺からガラッと空気かわったよな
これからが血みどろ内紛劇の本番なの草抜ける >>72
博多取っても本州に渡るにはまた海を超えなきゃいけないってのに気づいてなかったのかね >>74
板東武者「九州にはビビりしかおらんくて道案内にしか使えん、何であいつら死ぬのがこわいんや」公式文書 神風のお陰いうけど夏の時期に結構な時間船で居座ってたらそら台風一回は来るやろっていう >>63
明らかに色彩の違う武士に立ち向かう高麗兵士がおるからな
そいつの後ろで逃げ惑ってる奴が切り取られて映さないのも面白い >>84
基本的に陰謀と難癖やろ
本気で謀反起こそうとして族滅された奴おらんで イメージより実は賢かったヴァイキング
イメージより実は戦闘民族だった鎌倉武士 佐藤浩一殺すとき義時と大江あんなに意見違えたのにいつの間にか仲良しよな 坂東武者「名乗れよ・・・名乗れよ・・・名乗らんのやったらこっちからいったんぞ」 >>83
あそこは熱帯ジャングルで疫病とかやばいから・・・ >>73
族滅ってなんや
一族郎党皆殺しか?女は助けるんちゃうの >>91
勝手に小四郎がダークサイドに落ちてきたからね 捕虜モンゴル兵になって襲い来る鎌倉武士から逃げるゲーム作ろう 鬼より怖い板東武者の生態
・家門の前を横切る奴は弓の練習にもってこいやな
・家門に向かってくる奴はきっと客やからとりあえず射って死ななかったら客としてもてなすわ
・久しく会う友にはとりあえず切りかかれ、それで死んだらそいつは友ではない
・頼朝「お前ら戦の前に陣地無いで最強決定戦やるなよ終わってからやれ」公式文書 >>91
大江広元が主導してたという事自体が妄想だからな >>100
こんな連中を仮にとはいえまとめた源氏のカリスマやばない? >>14
7回もお手紙読まずに殺してるやん
ヤギの郵便屋さんかよ >>95
女子供関係なく皆殺しや
もし女見逃したらそいつの子供が担がれる可能性もあるでな >>14
武士とかいうただの野蛮人
誉れはどうなってんだ誉れは 日本史上一番頭の悪い時代
家康居なかったら武家政権=野蛮人に支配されてた暗黒の時代扱いだったやろな 鬼より怖い板東武者の美談
戦の前に陣地内で最強決定戦が始まり名乗りを挙げた剛の者10人くらいが死ぬ
生き残った1人だかは死んだ奴らの旗指物を着けて奮戦し(死んだ)これに感心した頼朝は死んだ奴らの遺族にも同じ恩賞を与えた 使者さん
1回目 高麗で引き返した
2回目 蒙古国牒状書持ってきたけど返事もらえなかった
3回目(1回目と同じ人) 対馬で拒まれて島民捕えて帰った
4回目 島民帰した
5回目 日本からの使者?連れて帰った
6回目(5回目と同じ人) フビライへ報告した
(文永の役)
7回目 処刑…
8回目 また処刑…
(弘安の役)
9回目 台風で引き返した
10回目 日本に行きたくない船員に使者が殺された…
11回目 日本に来ずに手紙だけ届けた
12回目(4回目と同じ人) 鎌倉へ連行、のち15年後に病没
13回目 お坊さんだったんで幽閉のち赦免、日本のお寺の住職になった
ちな6回目の報告書
・獰猛で殺を嗜む
・親孝行を知らない
・上下の礼も知らない
・土地は山水が多くて耕作に利がない
・日本人を得ても役に立たない
・日本の土地を得ても富まない
・舟で海を渡るのも風は不定期で、損害を測ることもできない。
・日本征服なんて有用な民力で底なしの巨大の谷を埋めるようなもの
・結論、(元寇)反対 南宋の高僧が使者からさすがに話聞くやろ
↓
普通に強奪されてどっかの寺の住職に 義朝が坂東仕切っていた過去によって源氏に対する好感度高いからな
そこに源氏のプリンスの頼朝が流刑で来た
確か上総介は悪源太大好きおじだったんやっけ? >>112
家康が
信長の家臣サラリーマン化
秀吉の中央集権支配
を見られたのは幸運やったな
システム作りに役立った
家康が仮に信玄しか見れなかったら室町幕府もどきしかつくれなかったろう >>72
船作らされた韓国兄さんがめんどくさがって船底を鋭角にせず平底にしたから波でガンガン揺れて戦う前から船酔いで壊滅してたってNHKでやってた 大江広元が毛利元就のご先祖様ってなんかイメージぴったりやな 坂東武者の成れの果てが新撰組だからな
いざ鎌倉の精神で農民身分だろうが剣術みんなでやってるガチの戦闘民族風習が幕末まで続いていた >>124
鎌倉御家人抗争でなんやかんや生き残る八田知家が小田氏治のご先祖てのも中々やね >>116
アメっぷが日本占領した時ってこれ参考にしたんかな?
底なしの谷を巨大な爆弾二つで吹っ飛ばしたけど 武士の記録「元軍は最初からボコボコにした」
寺社の記録「武士団が無能すぎて元軍にボコられた」
うーんどっちや >>120
清盛がアホだったな
京都で寺に幽閉か斬首してたらこうはならなかったわ
流刑も関東って所が中途半端
八丈島にしときゃよかったのに >>121
なぜか無かったことにされがちだけど、伝統ある今川家の統治術が1番基礎にあると思うで >>133
部隊複数あるだろうから勝った部隊もあれば負けた部隊もあるってだけじゃね? 江戸時代「戦国の武士は頭がおかしい」
戦国時代「室町の武士は頭がおかしい」
室町時代「鎌倉の武士は頭がおかしい」
鎌倉時代「最近の武士は頭がおかしい」 合戦って手始めに石の投げ合いしてたってまじなんか? >>138
江戸時代の武士は武士道とかいってイキってるイメージ >>138
時代に合わせて価値観変わってるだけだから >>138
頭おかしいの意味も馬鹿にして言ってるんだし >>83
ガチで野戦して勝ったのはマムルーク朝のバイバルスやな
元軍とかいう実質宋軍やなくてガチのモンゴル帝国相手にして最高司令官の首取ってるし完勝や 日本のこういう部分教えてくれへんよな
実は明治政府よりも江戸幕府の方が交渉うまかったとか >>133
どっちも話盛ってるだろうけど真実味があるのは武士の方だわ
この時の自社は「神仏を敬っていれば外敵は襲ってこない」って言う空海・最澄の基本路線が全否定されかねない状態で神仏の加護の手柄を殊更にアピールしなきゃならなかった おとなしくて争いを好まなくなったのって戦後からよな
それまでは戦闘民族や >>146
足利将軍って何回も追放されてる感じなのに義昭が追放されたら前代未聞の大事件扱いはおかしくね? 三浦義明「最近の武士は名乗りを上げないで闇討ちしてくるし馬ぶつけて転んだところを首掻いたりしてマジで野蛮」 >>80
島津氏は結局舐めたら殺すの精神に目覚めとるな
元々北朝だったけど酒宴の席で暗殺が起きてこんな卑怯者ばかりなら北朝抜けるわってそんな理由で南朝に着いてたよねまあ九州は南朝最後の砦みたいになってたけど
正反対の青森の南部氏も最後まで南朝に味方してて6回降伏勧告されても全部シカトかました挙句逆に秋田や岩手に侵攻して勝手に勢力広げて足利義満直々にやりとりして大人しくさせたんだよね >>150
交渉うまいというか幕末はもうどこに問い合わせればいいかわからんから有耶無耶にできるやろ >>33
昔の馬ってロバ位の大きさとはいえ担ぐとかやばすぎやろ >>157
いきなり幕府だけやと決めれんから朝廷に聞いてみないと分からんとか言い出すのやめーや 歴史上の人物ってみんな昔の人だからイメージ分からないけど、秀吉たちからみても鎌倉時代って遠い昔なんよな
今の俺たちが戦国時代の話聞くくらいのレベルで >>161
秀吉はともかく名家の連中は普通に繋がってて面白い
島津とかも鎌倉時代からいるし
いまはそういう繋がりがあんまりわからんね
ぱっとすぐに分かるのは佐竹とか細川くらいか >>160
日本ていつの時代でも調べたのですがよくわかりませんでしたで通すよな 今の日本人でも世が世なら鎌倉武士の血が蘇ったりするんかな >>123
船作れ!でも金はお前ら持ちな?ってなったらそりゃギリギリまでコストカットするよ
命預ける相手に金ケチるのは常識を疑ったアレみたいや >>14
4番は絶対嘘やろ
元寇への対応がうまくいった理由の根源は外国勢力に蹂躙されるのがどういう事か
日本中の人間が理解していて、なんで新聞もない時代にそれを社会全体で理解してるかというと
自分らが普段から虐殺レイプ横領やりまくってるからや 音もたてずに泳いで元の船にウンコとか牛の首とか投げ込んでたらしいがどっちがほんまの事なんやろな? >>161
せやから源氏の末裔とか上級国民みたいに思われてたんやろな >>168
両方やろうんこしたくなってブリっとやってそいつも投げ込んだんやろ 蛮族が内ゲバしてるうちは戦国時代とか言ってキャッキャしてられるけどいざ統一してしまったら欲求不満な暴力装置でしかないからいつかは外に向くよな
朝鮮出兵は天下人が秀吉じゃなかったとしてもいずれ起きてた >>156
南部氏も目立ちはしないものの戦国中期まではハイパー戦闘民族やったな
そのおかげで空中分解しかけとるが 戦国時代よりも鎌倉時代の武器のほうが強力よな
太刀とか大弓とか 曲がりなりにも6世紀には律令制が整っていた国がどうしてこんなことに >>173
申し訳ないが津軽に出し抜かれたイメージしかないわ… >>166
ケチでうるせぇ客なんか現代でも向こうから切ってもらえるように仕向けたりするしな >>168
立ち泳ぎしつつ弓撃ったりしとるからウンコ投げるくらい簡単ちゃうか >>174
兵士の数が多くないから一つの武器にコストかけられるんだと思う
戦国になると兵士が増えるからいい武器ポンポン渡せない >>28
モンゴル人と高麗人は皆殺しにしたからちゃうやろ >>177
ウチでもうるさいくせに設備改修嫌がるところ向こうから切ってもらうように仕向けてるわ 御成敗式目
・寺社仏閣を大切にしましょう
・市民をいびって個人的に税金を搾り取るのはやめましょう
・罪人の持ち物を自分のものにするのもやめましょうね
・悪口はやめましょう
・暴力もやめましょうよ
・暴力沙汰を見に行って自分もそのまま参戦するのはやめましょう
・人妻を寝取るのもやめましょう
・文書偽造するのもやめようね
・強盗したり放火するのももうやめにしませんか
・朝廷の領土を奪う人が未だに結構いますが、いい加減にやめましょう 戦法とかもコピペしとったんやろ?2回目の時はガチに沼に追い込まれたり執拗に馬狙いで襲ってたと聞いたが >>182
泰時「これで朝廷に馬鹿にされない法令ができたぞ🤗」 蒙古「こいつ殺されたくなかったら言う事聞け!」
倭カス「何やあれ?そんなんで言うこと聞くわけ無いやろwww」
倭カス「「殺せ!」
倭カス「ん?待てよ・・・あんな事するくらいやしアイツラには人質効くんじゃね?」
倭カス「オラオラァ!こいつ殺されたくなかったら言う事聞け!」
蒙古「やめてください・・・」
賢い >>51
違うぞ
現地の奴らが勝手にやってたから幕府ぐるみの計画的犯行にヤバイ度がアップしたんや >>37
だいぶ理性的になった戦国時代ですら
酒に酔った勢いで人を殺してはいけませんってお達しがあったくらいやしな >>174
冗談みたいなポニーにまたがった小人がワラワラやってきて
馬とは逆に冗談のような巨大弓から長さ5-10cmのナイフつけた鎧を貫通する矢をぶち込んでくる模様
近寄るとスーパー流鏑馬タイムや!などと言いながら近距離から騎射浴びせながら逃げて行く畜生小人の集団 もしかして今年の大河ドラマってだいぶ分厚いオブラートに包まれてるんか? 疑心暗鬼の塊だった頼朝から信頼され、京出身の策略家大江広元ら文官からも支えられ、藤原定家曰く八難六奇の権謀家で理解不能な性格の三浦義村と親友だった北条義時とかいう巻き込まれ系主人公
これだけ謀略家から信頼されるくせになぜか脳筋武士団からも人気だったもよう >>14
日本人って元々は戦闘民族だしな
徳川家康のせいでこんなのになっただけで >>178
でも元の軍艦て中世では最大級やで?
それなのに時化で沈没した経緯も謎やし >>195
だいぶ
もうちょい後の話で自分の領土を通る旅人とか僧侶を気儘に矢の的にすんの止めろボケどもって通達あるぐらいに蛮族 >>156
鎌倉武士の島津評が臆病者なの草生える
江戸くらいの島津評が島津は田舎者でずっと変わってないなのに このころの使者って大変よな
坂東武者政権怖すぎるよ >>37
家の門の前通ったのがムカつくから殺すって話あるよな >>200
いうほど謎か?
為朝は抵抗しても無駄であろうと悟り、島で生まれた9歳になる我が子・為頼を刺し殺した。自害しようと思うが、せめて一矢だけでもと思い、300人ほどが乗る軍船に向けて得意の強弓を射かけ、見事に命中し、船はたちまち沈んでしまった[注釈 1]。 >>114
今川は尊氏の時代から京の防波堤で京文化圏が根付いてる最果ての地やったからね
御所が絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ言われてたくらい家格も高い >>197
戦国時代でも農民が落ち武者狩りしてるもんな…
徳川家なかったらどうなってたんやろな >>205
鎌倉武士「乞食と坊主は逃げ足が早いので弓矢の練習中に丁度いい」 言うてモンゴル本当に日本取る気あったんか?
南宋支配で出来たゴミ処理に使われただけちゃうの? >>205
むしろもともと「アイツ殺したいなぁ…」
からの適当に難癖つけた感あるよな >>197
戦闘民族ってよくきくけどそもそも戦闘民族じゃない民族っているの?
先進地域だったローマやギリシャですら戦いまくりなのに ワイらが鎌倉時代にタイムスリップしたら鎌倉殿と対面できたかもな
首だけになって 死体をかざろう
庭に飾ろう
臭いと見た目に慣れておこう
首を飾ってくれよいつもの庭に >>206
これが現代のASM-2の原型ってマジ? >>205
あと家の前通った旅人から強奪や強姦もあるな
やったらせめて金銭くらい払いましょうとか決め事作られるくらい酷かったとか >>202
あの時代の島津って京貴族のボンボンが都落ちして武士の格好真似ただけみたいなもんやし
貴族から武士に落ちたてはどこの家もそんなもんや 端から戦う気しかない連中相手に政治的な交渉を持ちかけても無意味という例 >>211
当時は土地が足りんかったから日本に元の都作ろうとしたんや
元寇では開拓民がたくさん乗ってたって中国側の資料にある ワイ「平安時代って平和な時代なんやろな」
やっぱ武士って最低やわ >>211
農具を輸送していた事実はあるらしいで
この前、歴史探偵でやってたわ >>214
中華ですら後に水滸伝書かれるくらいの武侠民族やしな >>230
2回目の南宋兵がそれって本で見たけどマジなんかw 慶長4年(1599年)5月11日付五大老(徳川家康・宇喜多秀家・上杉景勝・毛利輝元・前田利長)連署禁制写
御禁制条々
一 はくち諸勝負之事(外で博打や勝負事をすること禁止)
一 鉄炮をはなし候事(鉄砲を放つこと禁止)
一 かほをつゝミ、路次を通り候ものゝ事(顔を隠して道を歩くこと禁止)
一 道路におゐてかまつかひ之事(道路で鎌を使うの禁止)
一 道路辻におゐてすまふ取事(道路で相撲取ること禁止) 同じ島国のイギリスは日本の戦国時代に当たるような時期あんまりなかったんやっけ >>226
平安貴族「門の外通ったやつ弓で射殺すゲームやるンゴw女だったら犯すンゴw」
まあ一部やけど 清盛「僧兵どもうっざ。焼いとこ」
↓
信長「僧兵どもうっざ。焼いとこ」 てつはうって鉄砲を旧仮名遣いで書いただけやのに
なんで他の歴史用語と違うて新仮名遣いに直されへんのやろ?
恐らく実際の発音は”てっぽう”もしくは”てつほう”といったものだったはずやけど
”てつはう”と読んでしもてる人多いやろ? >>206
謎すぎるわグングニルでもこう簡単に殲滅できんやろ >>235
ガチればイギリスからフランスに泳いで渡れるから対馬海流のある日本とは島国といっても性質が違うみたいや 鎌倉武士って武士って名前だけど実際は盗賊に毛が生えた程度の存在やろ?
ただの武装したヤクザみたいなもんで >>235
むしろ日本より戦国時代が長い
同じ島に3民族もいるわけだし >>235
ウィリアム征服王が攻めてからは本土に攻め込む国いないからなあ イギリスもヴァイキング時代は蛮族だらけちゃうの?
ソースはヴィンランド・サガ せいぜい小規模武士団の寄せ集めだったであろう鎌倉方が組織的に編成された元軍に勝てたのってなんでなんや
全くイメージ湧かんわ 元って平地では強いけど森とか海では強みが活かせんで弱体化するな >>235
早い段階でローマに取り込まれたしな
そこからは大陸文化みたいなもの >>230
屯田兵?
今やったらめっちゃ叩かれそうやな >>238
鉄砲と混同しないようにやろ
手投げ弾やったらしいし >>238
鉄砲=今の銃
てつはう=今の手りゅう弾
統一したらむしろややこしくなる >>235
イングランドが統一される前の七王国時代が戦国時代っぽい扱いされてる印象
あとはばら戦争や17世紀の内乱(名誉革命とかあったころ)がイングランド内での大規模な内戦やろか
あとはちょくちょくスコットランドと戦争してた >>214
ローマはむしろゴリゴリの軍事国家やしな
市民は全員兵士やから舐められたら殺すし頼ってくる子分は助ける
兵士全員が土木工事のプロやから怒らせると地形変えるくらいムキになって潰しに来る >>244
ローマ帝国がブリタニア捨ててからしばらくはカオスやろなあ
それ言うと中世初期のヨーロッパ自体がカオスやけど >>235
ヴァイキング大暴れの時代があったんや無いの知らんけど
ソースはヴィンランド・サガ >>226
京都周辺以外は日本全国無政府状態とか言う地獄よ >>251
でもてつはうを間違った読み方してしまう人一杯いるよね
他には戦車とか別に現代の戦車と区別するために読み方変えてるという話しもないのに
なぜ鉄砲だけ・・・ >>194
在来馬って蒙古馬とサイズ変わらんで
ていうか蒙古馬を日本に連れてきて繁殖させたのが起源やし 鎌倉の元朝使者の墓にモンゴル人力士がよくお参りしてるな >>258
まずその「間違った読み方」ってのが間違いや
てつはうは当時はどう発音したかの定説がないから教科書でも責任逃れ的に「てつはう」と表記し続けている これ中学の時の歴史の先生がそのまんま授業で言うてたわ
ちなみにわかりやすくて有能やった >>257
ナゴヤ民「知事の苛政がひどいわクビにせーや」
国「やりすぎやお前クビな」
知事「」
これが通るくらいまともな時代やぞ >>245
源平合戦の頃から集団戦法やってたらしいで >>261
他の歴史用語でそんなことしてる?
あんま聞いたこと無いな >>265
ちょっと違うけど人名のふりがなは大概そうちゃうか なんで武士が手段選ばず人殺ししてんだよ
誉はどうなってるんだ誉は >>268
でも藤原氏とかみんなふじわらって現代風に濁点ついてるし
当時の仮名づかいではないやろ >>260
漢詩書けたり結構教養の高い人らしいけど
ホンマにモンゴル人なんやろうか ぶっちゃけ1000キロも離れた鎌倉から防衛軍なんか送れたんかな?
守備隊にしても命令届くまで5日はかかるやろし >>264
武士の集団戦法って言うてもせいぜい数百人ぐらいの家人を束ねる武士団のトップがそれぞれ勝手に動いてたって感じで数千数万人の軍勢を運用するノウハウが当時あったってイメージが湧かんのよね
ワイが知らんだけやとは思うけど これよく言われるけど
合戦で牛の角に火つけて放ったり(創作らしいけど)
法皇捕縛して高僧の首切って川に捨てたり
タブーとされてた貴族のさらし首したり
山から奇襲したり海から奇襲したり
海戦でタブーとされてた漕ぎ手殺ししたり(これも創作らしいけど)
ヌルい平家と違って合理性バリバリな源氏から続く流れなんやから
合戦でそんなヌルいわけないわな >>265
大名がそうやな
「だいめい」と「だいみょう」で意味が変わる
前者だいめいはあまり使われんから注釈つくことを見んだけや >>245
それを言ったらモンゴルに滅ぼされた金とか南宋だって集団戦してるけど滅ぼされてるからな
古代の戦車兵がファランクスに敗れてその後に鉄器の発達によって少数先鋭の騎士の時代が来たり、銃器を使った戦闘が会戦形式から機動戦に移行したり
そもそも「少数先鋭より集団戦闘の方が高度な戦略で軍事的に進んでる」って一方的な進化ではないから軍隊の練度の指標にはならん >>263
平安貴族のキャリア形成ってなんかよくわからんよなあ
朝廷に収める物資が多ければ多いほどええって感じでもなくてそれなりに施政も見られとる感じするし >>275
地元の武士が主力やろ
後になって鎮西探題とか出来るけどその前でも出先機関があるんちゃうのか 蒙古軍「粗末な船で台風シースまで海上に留まってました」
自殺かな? 鎌倉武士スレってレスのほとんどが嘘や捏造なの知ってから冷めておもなくなったわ 平安から鎌倉初期あたり貨幣がほぼ流通してないみたいやったけど風俗嬢は何を対価に貰ってたんやろ >>280
言うほど大した戦力やなかったということ? >>291
ワンチャン日本占領出来たら美味しいだけで死ねってことやないのかな >>275
当時は海外でも元だけじゃなくマムルークみたいなでかい国もあったし軍を送ること自体はそこまでやで
元側が海を渡る方がハードだし >>270
あれのおかげで武士には誉れがあると世界が誤認した模様 >>291
実績と経験のある宋船使わずにあんまり信頼性のない高麗船なんかを輸送に使うから悪いんよ >>261
HがそもそもP音やった説が有力やで
母は付くが父では付かないものはって平安時代のなぞなぞがあって答えは唇やって書いてるんや
意味がわからんから歴史学者にはスルーされてたんやけど
言語学者の間でも母親を表す単語が乳幼児に発音しにくい開口音なのはおかしいって長年疑問視されてて
そこからHahaやなくてPapaって発音してたんやないかって説が生まれた
やから北条義時もぽうぢょうよしちょきみたいな発音やったらしい
ソースはゆる言語学ラジオ >>235
シェイクスピアのお陰で寧ろヨーロッパで最も中世らしい血みどろと裏切りとノールールの政争が盛んだった印象あるわ
それのお陰なのか法学とか契約文化とか発達した感があるし >>297
ゴーストオブツシマは武士道とか時代劇とか後の時代になって出来たものだからしゃーない
しかし、モンゴル人はどう思うんやろうか 江戸時代の武士は無警戒の老人に後ろから襲いかかっても仕留めることができないくらい軟弱なのにな 世界はだんだん穏健になっていくようにみえて20世紀前半に狂犬になったのはなんで? >>301
津軽弁みたいな喋り方やったみたいなやつか >>294
数は膨大やけど主力は屈強な元やなくて朝鮮高麗人と南宋人やし
そもそも船が急造手抜きのボロ船で海を渡れる能力ギリギリやったりで優れてるわけではなかった >>304
鎌倉武士とヤっても反物なんかもってこなそう… >>307
むしろナポレオン戦争辺りからみんなえぐいくらいに凶暴化して殺し合いのレベルが上がっているくらいやぞ 戦国時代の書状に出てくる表記
くわんひやうへ(官兵衛)
くわんとう(関東)
せいくわん(賞翫)
たいくわん(代官)
せうそく(消息)
やうしやう(養生)
ひんせん(備前)
しうき(祝儀)
けよう(許容)
ちきやう(知行) >>301
ワイはminerva scientiaって言語学系のYouTuberよく見とるわ
アレ見ると従来の歴史学って考証学の癖にほんま言語軽視でたんやなあって思うわ >>299
兜なくして脛当てを頭に被って戦ってる絵を教科書に載せてさしあげろ >>14
6・9がやばすぎて他が大したことないように見えてしまう 鎌倉武士蛮族説ってインターネット発祥で特に裏付ける書籍とか史料がないというのを最近知った >>313
KantoじゃなくてKwantoって言ってたんかな そもそもなんでとくにメリットない日本攻めたんだろうな
トロフィー狙いか? >>235
源平合戦的な薔薇戦争とかわりと内戦やってるで >>299
竹崎季長「簡単に倒したら恩賞減りそうやなぁ…せや!苦戦してなんとか倒したように描かせたろ!」 でも統制の取れた理不尽はもっと怖いよ
慈悲のある人でも上の命令に従って理不尽を行使するんや >>313
関西(くわんせい)学院大学のおかげで関西人からは違和感ない >>307
総力戦になったからちゃうのか
武士みたいに上の身分だけが戦争に参加する時代じゃないし、国民全体で一致団結してって言うナショナリズムの時代やし >>326
別に形だけの従属をしてくれれば攻めもしなかったけどいきなり使者をぶっ殺してしまったから引くにひけなかった >>327
アレはフランスの内戦なイメージやね
今の目線で見たらあかんけど >>326
この時代の火薬に必要な硫黄の供給源なのと初回の時期に元がやりあってた南宋と繋がりが強かったから元としては日本をこっちに取り込みたかったんや
たしか初回の書状は高圧的なモンゴルテンプレートにわりと日本の立場に配慮した内容やったはず 中世日本の実力組織が国家(当時は無いけど)や主君、信仰以上に何よりも土地に重きを置いた価値観してるのってやっぱ世界的にも珍しい事なんかね >>332
なんか現代でもそういう戦争してる国ありませんかね? >>301
それはいろいろおかしいわ
まず有力説と定説は違う
次に「Hの音はPで発音した」って部分は鎌倉時代にはHの音は(少なくとも東国では)Hで発音していたからこれも違う
さらに言えば当時の「う」の発音は「お」
じゃあ「てつはお」になるかといえばならない
この「てつはう」のふり仮名がいつ書かれたのかがはっきりしないから >>337
かなり西欧の封建領主に近いスタイルやと思うで
上が配慮してくれんなら部下の義務果たす理由ないわで平気で敵対することあるし >>327
百年戦争とか国上げて弓兵育てて左腕だけ異常に長いイギリス人大量生産してたしイングランドが蛮族やなかった頃ってむしろいつや
暇があったらスコットランドとアイルランド相手に鬼畜ムーブしてた印象しかないで 大和国とかいう現代まで訪れたり関わった人物を不幸にさせる魔窟 直垂買おうか迷ってるわ
夏祭りデートとかに着てったらええか グエンとかいう丘の戦いで強敵ボコるやつ
こんなん日本に招き入れたらどうなるかわかるよねー >>336
現代日本は北の無慈悲なテンプレートをスルーできるようになって大人になったんやねえ >>343
西欧やと土地と同じくらい宗教要素絡んでこんか? >>306
あれもきっちり仕留めて自害しとけばお家存続出来たのになあ >>344
産業革命……といいたいがブリカス慢性的に戦争してんなこの国 >>337
ヨーロッパもそうちゃうか
お金も一回使ったら消えるけど
土地は1年経ったら新しい農作物を生み出すからな
人間もせいぜい数十年経ったら死ぬけど土地は不滅や >>349
日本も仏教関係くっそからむ地域結構あるから対してかわらんで
戸籍にちかいのお寺が管理してるし >>346
デートに直垂はあかんで金持ってないと相手にされん
レンタルでええから狩衣着ていけ イギリスはアングロサクソンが蛮族過ぎて笑う
ケルト人を見習えや >>356
ケルト人もブリトン人ぶっ殺して征服したんやろ
ブリカスって言われるけど原住民ちゃん今でも生き残ってるのかな >>337
地名と爵位官位が同じなのってむしろ普遍的やし動物的にもそれがスタンダードや >>356
デーン人(ノルマン人)がまとめたからセーフ >>356
欧州で比較的温和なのは内政と外交で常に忙しかったオーストリアくらいなもんだろうなぁ >>364
ポーランドとバルカンにひどいことしたよね? >>364
イタリアとか内部というか都市間で戦争しまくってるしわりとヨーロッパは血みどろよね >>238
てつはうの本当の名前は震天雷(しんてんらい)
宋が開発した火薬兵器で火薬に縄をつけた時限爆弾
ボンバーマンの爆弾みたいなの💣←こんなの
てつはうは日本側の呼び名
もう一度書くぞ 震 天 雷←かっけえ… 元寇でホルホルする奴多いけどワイ的には日本が一番有能だったのは明治初期な気がするんよな
行政システムの整備スピードがヤバすぎる >>350
当時も言われてるししゃーない
正俊暗殺に当たって正休は、高名な刀鍛冶に数本の刀を特注し、試し斬りの末に一番出来のよいもの[1]を差して登城、邪魔が入りにくいよう御用部屋の入り口まで正俊を呼び出して一突きで殺した。後の赤穂事件に際して「このような手本があるのに浅野長矩が吉良義央を仕留め損ねたのは武士として不覚悟も甚だしい」という批評があり、当時の落首にもうたわれているという[2]。 >>235
ジョン失地王がイギリス帰ってきてからの
ドロッドロの内戦すこ
王侯貴族が民衆なんてカスやと思ってるのがよく分かる 上で少弐氏への嫌がらせいうけど壱岐取り返したりしてるじゃん >>369
そこら辺はもう司馬遼太郎が一通りやり切っちゃってるからなあ >>321
首飾れだのも当時の物語なだけだしそれを真実だと言うなら三国志演義どころか三國無双が正しいみたいなもんやしな >>369
個人的には不平等条約改正させたのがまじですごいと思う
所詮アジアの三流国家とバカにしてくる連中から既得権引き剥がすの苦労したやろな
正論でせめても向こうがその気になれば「うるさいんじゃ!」って黙らされる可能性もあったやろし心労やばそう >>27
鎌倉時代の武士と
江戸時代の武士は
完全に別物だぞ
鎌倉時代の武士は自分で農業もするし漁師もする
自給自足やな >>382
例えば今年の大河ドラマの北条家も物語開始時点では親父と継母と兄貴がギリギリ農作業しなくて済むレベルだったのかな? 挨拶できないとかコミュ障やんけ
ちゃんと挨拶するのはマナーやぞ >>387
これスルーする1400年前の奈良県警ガバガバすぎひん?
入鹿を斬る役目を任された2人は恐怖のあまりに、飯に水をかけて飲み込むが、たちまち吐き出すありさまだった。鎌足は2人を叱咤したが、石川麻呂が表文を読み進めても子麻呂らは現れない。
恐怖のあまり全身汗にまみれ、声が乱れ、手が震えた。不審に思った入鹿が「なぜ震えるのか」と問うと、石川麻呂は「天皇のお近くが畏れ多く、汗が出るのです」と答えた。 >>388
挨拶代わりに真剣で切り合って死んだらそいつは真の仲間じゃねえんだ 蒙古「陸に上がるンゴw」
鎌倉「夜襲仕掛けまくるで!蒙古を寝かせるな!」
蒙古「陸にいると襲われるから船の上で寝るンゴ」
鎌倉「💩と動物の死骸を船に投げろ!」
蒙古「」 アイサツ前のアンブッシュは一度だけなら許されているぞ
逆に1度目のアンブッシュで死ぬようでは最初から戦う資格はない ろくな軍事権も警察権も行使できない癖に数百年もの秋田日本全土から物資を収奪して富を独占してた平安貴族って何者なんや >>374
イギリス人はジェントルマン
巨人軍は紳士
鎌倉武士に誉
本当にそうならわざわざ言う必要ないんだよね >>389
🐬「なぜ震えるのか」
暗殺者「天皇のお近くで緊張して…」
🐬(ほーんそんなもんか…) >>395
イギリスが寒冷期に暴れなくなったのはつい最近の話やしね
その前回暴れなかった理由も植民地インドから搾取して食糧供給できたからっていう >>14
和平の使者って帰ってこなかったらおかわりで出すもんなん? 船に奇襲仕掛けたり
勝手に死者殺す殺す方が卑怯やろ >>198
おそらく教養がなく文盲で手紙を送りつけられバカにされたと勘違いした >>404
船が転覆して届かなかったのかもしれんなぁ
もう一回送っとくか… >>404
行く途中か帰る途中で難破したかもしれんし モンゴル軍「てつはうズドーン!」
鎌倉武士「おーこわ(笑)長弓で安全に殺したろ(笑)」
モンゴル軍「あっ…あっ…」 >>404
フビライも何かの間違いやろと思ったみたいやな >>409,410
なるほど、渡航失敗すること多かったんか
命懸けで行ってぶち殺されるの可哀想 >>404
たどり着かんかったんかなぁでおかわりよ 今の日本の警察は鎌倉時代からタイムスリップしてきたのか? 大河ドラマの北条時宗は今となってはほぼ全てファンタジーなんかな 民は畑仕事だけしてそのまま死んでくみたいな奴ばっかりやろ釣り合ってる >>415
木造船で日本海渡るんやからね
鑑真だって来日失敗しまくっとるし >>320
むしろ離脱してるのがほんとで
もっと頑張って追い払った感だして報酬増やしてもらうために手前3人の元兵を書き加えたらしいよ >>182
暴力をやめましょうよのとこだけちょっと弱気で草 日本海渡ってきた結果、重装備の鎧に薄い鎧程度貫通してくる長弓使ってくる集団に襲撃されるとかほんと草 江戸時代は平和過ぎてみんなグロ耐性無くなったらしいな
戦国時代は女でも落ち武者の首洗ったりグロ耐性強かったけど
江戸中期に解体新書読みながら死刑囚の死体の解剖実験したときは医者達みんなゲロはいたらしい 辻斬りとかいう刀の試し斬り目的の通り魔が江戸時代に問題になるほど行われてたって言うし
昔の人の倫理観やばいわ
性善説なんて嘘なんだなって
徳川綱吉は偉大 生類憐れみの令とかいうのが必要になるくらいには江戸までこの価値観引きずってるんやろ
恐ろしいわ >>14
そもそも最初は外交結ぶつもりで書簡が朝廷に来たのにそれ奪って既読無視決めて元寇になったんやしマジでガイジ軍団やないか 現代人は鎌倉武士をキチガイだの蛮族だの言うけど鎌倉武士から見た現代人ってどうなんやろな
やっぱ腑抜けとかそんな感じやろか >>431
ドミニカ人が日本人のことをみんないい人で殺される心配がないっていうし同じような感想を言うと思うけどな >>433
しかもその三人加筆されてるっぽいしな
絵のタッチが他と違うし 土地奪う言うけどそこに住んでる人らはお殿様変わったわーくらいの感覚なんか? >>431
自給自足しないとあかんとは言うんやないのか
金とか信用してないやろうし 和平の使者なんかはアジアのどっかの国の故事で
上級官吏に託す→金持ってそうな格好してたから途中で盗賊に殺される
偉い僧侶に託す→金持ってそうな格好してたから途中で盗賊に殺される
商隊に託す→(ry
みたいな話があって相手に殺されてと勘違いして戦争が全然終わらんかったみたいなのがあったはずや
>>431
坂東武者の連中て文化人に憧れてたりするから京人とか滅茶苦茶持ち上げるし
現代人みたらその辺のアホでも教養の高さにビビるやろな >>14
日本の畜生度も大概やけど元さんもバカやろ でもキチガイ武士がいなかったらいずれモンゴルに征服されてたんだから英雄たちでしょ >>443
ゴーストオブツシマの場合名乗ったら向こうも強制的に一騎討ちなるし、てつはう背後からズドーンするのも冥人側やし >>439
変わった先の国による
燕京なんかは北宋の支配嫌がって金に市民が逃げ出してるくらいやし >>438
安達泰盛「なんか一方的な戦で余裕のヌルゲーって聞いたんやけど?」
竹崎季長「!!!シュバババ(加筆する音」
絶対これやと思うわ NINJAとかSAMURAIとか外国人はかなり誤解してそうやな 鎌倉時代は流氷が東京湾まで流れてくる寒冷期で大蛮族化してたから今が腑抜けて見えてもしゃーない
室町時代でも真夏の関東平野で雪が降るようになって地球ヒエヒエ期がくると戦国ガイジ時代に突入したし
でも暖かくなってきたら惣無事令からの刀狩りを社会全体で受け入れる風潮になった 日本でクロスボウが発展しなかったのなんでなんやろ
手軽に携帯できて遠距離攻撃できて甲冑もないから殺傷力高いとか最強やろ >>448
安達って小説とかやとええ人に書かれる事多いのに何であんな滅ぼされなアカンねん >>449
日本人が近代の欧米は進んでて洗礼されているなって思うようなもんだから
みんなお互いにない要素を神秘的に思うんや >>197
家康じゃないぞ
そこから4~5代が悪い >>451
長弓のほうが練度いる所以外は上位だから >>451
クロスボウは製造コストが高いから
クロスボウ部隊は金かかるやから
貧乏イングランドがクロスボウ部隊揃えられんからロングボウの訓練させたり
ロングボウは貧乏人でも訓練すれば数揃えれるし強力なんや 生類憐れみの令で蛮族から脱却したっていう説があるらしいな >>451
長弓の方が射程や殺傷能力は圧倒的に上やで >>116
でも高麗と日本を戦争で消耗させるのが元の目的だったんだろ
一番の畜生はやっぱり元やろ >>431
江戸時代村人「厄除け神事の神男役居らんなぁ・・せや!通行人捕まえてソイツにやらせるか」
武士じゃなくても蛮族やぞ アメリカも諜報員はトム・クルーズみたいなイメージやろ忍者と変わらん >>451
クロスボウの射程距離はキャッチャーがファーストやサード殺すことができるぐらいしか無い
長弓ならキャッチャーが外野手殺せるぐらい射程距離長い
そのかわり弓の方が練習たくさんせなあかんけどな
だから、鍛錬を積む時間のある武士は弓を使うんちゃうか
農民とか普段は農業やってる人間にやらせるなら時間のかからないクロスボウの方がええんやけど
戦国時代になったら鉄砲も入ってきたしな >>462
そこまでの過剰火力がいらんって話ちゃうか
日本の鎧なら普通の由美でええんや 元「ヒエッなんや(武士)この気違い」
武士「ヒエッなんや(義経)この気違い」 >>465
【悲報】うちの正捕手、クロスボウ以下だった そもそも長弓って上に向けて撃つもんなんだろ
クロスボウとは用途違うくね >>451
武士なら弓引けて当然の風潮やしわざわざクロスボウ使う理由があらへん >>467
モンゴル兵「ヒエッなんや俺らの大将(義経)このキチガイ」 遠距離攻撃強すぎて鎧や盾が廃れて軽装備になるってどこの国も辿ってるんやな >>451
武士の魂って刀やなくって弓箭やからね
馬に乗って騎乗弓射できてこそ一騎と数えられる侍
徒士なんか下男中間とほとんど同じやったんよ >>451
ボウガンを外で使うなら弓で良いってなりそうだし
狭い屋内なら刀槍で十分だったんやろ 蒙古「使者殺したら出口戦略取れんくなるで。なんの間違いやろ」
一理ある 日本でクロスボウが流行らなかったのは畜産文化なかったせいで動物由来の弦を使わなかったせいちゃうか >>473
東欧だとなんだかんだで17世紀でもチェーンメイルやプレートアーマーを使用する兵士が普通にいたっていう記録もあるからなんだかんだで息は長かった 建国から今までほぼ8割型軍事政権やったのに
よくぞここまで戦争怖い🥺な国民性に改造できたもんやな >>460
そもそも高麗がノリノリやったんやぞ
だからこそ宋じゃなくて高麗のクソゴミ船で日本海渡ることになるし 江戸時代も言うほど文化的じゃなかったんちゃうの
新渡戸稲造が盛りに盛ったって話やし >>483
そら宗主国には逆らえんけど
日本を占領するメリットはないと何度も報告してるで 最近出た論文で鎌倉武士は相手を殺す族滅することが一番の問題解決する行為と信じて疑わない人達ってあったけど
ホントなんかな >>487
日本だと空からジャベリンが連発で降ってくるみたいなもんやから固定盾じゃないかな 鎌倉武士のバカだけど知略はある感じなんて言ったらええんやろな >>448
絵詞制作時には安達一族滅亡しとるで
と言うか恩賞の口利きしてくれた安達一族滅亡したから
口利きしてくれた安達顕彰込めて作ったんや 今よりも小柄な人間が多かったんやろけど
それでいて現代人より怪力でムキムキマッチョばっかりだったと考えると不気味さすらある そもそも武士の起源である前九年・後三年の役の時点で戦の理由があいつむかつくから程度のしょうもなさじゃない? >>493
お武家様は栄養とってたから巨漢もおるで >>488
概ね合ってるで
と言うのも横領後の復讐対策で相手の一族郎党綺麗さっぱり消すのは合理的や
ただ消し損ねて返り討ち合った平家みたいのも定期的に出て
なら縁戚を敵対勢力の当主に据えて子分にしたろの流れで南北朝の面倒くさい流れの伏線なるんや 現代→(400年前)→戦国時代→(400年前)→鎌倉時代 >>497
鎌倉前期はな。元寇付近は今より5度以上冷え込んでるぞ なんであいつら人盾にした程度で攻撃緩まると思ってるんや?同族殺しずらいんか?…せや! >>483
宋風の船つくると建造費が高くなるから高麗船で行かせてくれって嘆願してるらしいやん
ヤル気のなさの現れや >>501
中華周辺の国って民族間でまとまってたし基本的に異民族との戦いだったからな
自国民同士で殺し合ってたわーくにとは違いますよ >>428
勇猛そうな前3人も後で書き足されてたとかじゃなかったっけ >>197
ガチガチに統制厳しくしたのは家光とかその後の儒学者定期 >>369
いうほど有能か?
薩長利権が現代まで続いてるやん 鎌倉時代って
知識階級である平安貴族が
暴力集団の無法者たちに政権を乗っ取られる話やったんか?
その割には義経とか木曽義仲とかに比べたら頼朝とか
後は平氏とかはまともそうなイメージある 朝鮮の処世術って徐々に劣化していくんだよな
高麗はようやった方やが次の王朝になるともう目も当てられん >>507
国内で合戦なくなっちゃったから東南アジアで一旗あげたろ >>498
基本的に鎌倉時代なんてほとんど土地の所有権争いやからな
戦国みたいに政治的な支配権の話なら相手の一族でも配下に入るならOKみたいな事もできるが
正当な相続人がある程度意識された時代やと相続人まとめて殺すってい解決方法になりやすいからな >>483
ノリノリだったのは日本侵略を進言するときまでちゃう
戦費とかその他諸々全部押し付けられてるし ネトウヨがよく「教科書の元寇の絵は悪質な切り取り!」って言ってるけど
そもそも切り取りも何も日本側が描いただの絵やんって思う >>490
その感覚分かる小ずるいとか小賢しいともちょっと違う
鎌倉の政所があるから訴訟の知識はあるのに気に食わないからっていう理由で殺しにかかるバカやけど
訴訟対策のために族滅しておこうっていう小賢しいどころじゃない悪辣な行為に走る
一所懸命や!荘に近付くやつは全員ぶち殺せ!っていう頭の悪い考えを持ってるけど
実際そうしないと「この森で10年前から薪拾ってたからこの里山はうちのもん」とかいうクソ訴訟起こされたりする ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています