「打てる訳ないよな、と自分でも…」筒香嘉智に聞く“150km以上の速球を打てない”をどう乗り越えたのか?《パイレーツで劇的復活》

 実はレイズでの筒香は、いつの間にか自分を見失い、混沌とした世界に迷い込んでしまっていた。
「レイズのやって欲しいバッティングと僕がやってきたものとのズレがあるのかな、と。そういう感覚のズレというのはずっとありました」

 具体的にはこういうことだ。

 基本的に筒香の打撃は投手の投げたボールのラインに自分のスイング軌道を合わせて、そのラインに乗せていく打ち方だ。当然、バットはどちらかといえばアッパー気味の軌道を描くことになる。ところがレイズではコーチから「もっと最短で強く振れ!」「ゴロを打て!」と言われて、ダウンスイングでボールを捕らえることを求められた。

 球場に入ればいつもコーチが待ち構えていて、そこで、それまでの自分のスイングとは180度違う打ち方を指導される。そうして毎日、毎日、コーチたちの指導に耳を傾け、そのスイングを続けることで、結果的には自分の打ち方を見失ってしまったのである。

「自分が変わるためには、それもプラスになるかもしれないと思ったというのはあります。全ては自分の責任ではあるんですけど、振り返ってみれば、それが悪かったのかもしれない……。もちろん自分に戻す作業というのも当然、するんですけど、いつからかまるで打席に立っているのは自分ではないみたいな感じになってしまっていました」

 だからハッキリ言えば打てなかったのは150km以上の速球だけではない。150kmに満たない148kmのボールも、ミスショットすることが多々あった。だからこそ「150km以上の速球を打てない」というレッテル、そんな周囲の声に反論する気も湧いてこなかったというのが正直な気持ちだった。

 ただ、もう1つ、筒香の頭には全く正反対の考えもあったという。

「自分の形で打てていないんだから、逆に150km以上(が打てない)とかいうデータも関係ないと思いました。自分のスイングができて、その上で結果を見ないと、本当の意味でのデータは出ないなと思ったんですね。もちろん自分のスイングができていないというのは、周りの方には伝わらないことなので、そういう風に言われることは仕方ない。取材でもアメリカ人の記者から、よくそのことを聞かれたりしましたけど、逆にそう結論付けたら、途中からは何とも思わなくなりました」

 そしてその迷い込んだラビリンスから脱出する糸口は、やはりドジャースへの移籍だった

 移籍初日。デーゲーム終了後に筒香が球場に着くと、デーブ・ロバーツ監督とコーチが待ち構えていて、ケージの横にはビデオが2つ用意されていた。

「これがレイズでのバッティング、こっちがベイスターズのときのもの、と2つの映像がパンって出ていて、その映像を比較してここが違う、あそこが違う、と。それで『キミは日本で良くてこっちにきたんだから。そこを直していこう』というのが始まりました」

 試合前はもちろん試合後も、そして時には試合中にも「試合はいいから」とコーチが付きっきりで筒香の“自分探し”は続いた。結果的にはドジャースでその成果を示すことはできずにマイナー落ちとなったが、その頃には筒香自身の中では確かな手応えを得ていたのだという。
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