6日に開幕する夏の甲子園大会で、初日に登場する岩手・一関学院高3年の捕手・後藤叶翔(かなと)選手は、岩手県陸前高田市に住む祖父母の生きがいとなってきた。夫妻は東日本大震災で息子を亡くし、その妹の子である叶翔さんに背中を押され、津波で流されたツバキ油工場を再建した。「今度は私たちが叶翔を応援で後押しする」と試合を心待ちにしている。

 陸前高田市名産のツバキ油を製造する「石川製油」2代目の石川秀一さん(73)、春枝さん(73)夫妻には宝物にしている写真がある。5年前、孫の叶翔さんが冬休みの自由研究で油搾りを体験した時の一枚だ。真剣な表情でツバキの実を機械に詰める姿が写っている。

 工場を継ぐはずだった息子の政英さん(当時37歳)は11年前、市を襲った津波にのまれた。消防団員として住民を避難誘導中のことだった。「後は頼むよ」。揺れの直後、はんてんを羽織り自宅を出たのが最後の姿だった。工場も失った石川さん夫妻には、なじみの客から「またやってけろ」との声が相次いだが、春枝さんはふさぎ込み、秀一さんは廃業を決めた。

 転機が訪れたのは2017年1月。同居する長女・さゆりさん(47)の長男で、小学6年だった叶翔さんが「じじとばばのツバキ油を作ってみたい」と言い出した。地元の施設で油搾りを体験させると日が暮れるまで熱中してくれた。秀一さんには、その横顔が亡き息子と重なった。

 「もう一回、やっぺし」。同年11月、石川さん夫妻は仮設工場でツバキ油の製造を再開した。常連客は泣いて喜んでくれた。息子を失った心の穴が埋まったわけではないが、叶翔さんの成長が心の支えになった。少年野球に打ち込み、「じじ、ノックして」とせがむ孫のため、300本近いノックを打つのが秀一さんにとって休日の楽しみだった。

 2年前、叶翔さんは高校進学と同時に寮生活を始め、秀一さんは「レギュラーをとって、認められる選手になれよ」と送り出した。今夏、4番としてチームを12年ぶりの甲子園に導いた姿に、「約束を果たしてくれた」と目の奥が熱くなった。


悲しき過去😢