1939年、和歌山代表海草中学の剛腕・嶋清一投手は初戦を3安打15奪三振で完封すると、
2回戦、3回戦を連続完封。準決勝ではなんと17奪三振でノーヒットノーランを達成し、
決勝戦も2試合連続となるノーヒットノーランで優勝を決めました。前代未聞の怪腕投手は大学進学後も快投を続けましたが、
戦況の悪化によって学徒動員に招集され、1945年に戦死。嶋清一選手の伝説はここで幕を閉じました。