これおじさんでも映画化いけるやろ

>おじはゼネコンに勤めながら司法試験を受け、弁護士になった。大阪で企業法務を中心に扱う法律事務所を経営した。50社もの顧問を抱えたことも。判例データベースを調べると、複数の判例に名前が出てくる。

>多忙を極めた仕事のかたわらで、山上家のことが頭から消えることはなかった。子どもが小さいころは2家族で海に行ったり、スケートに行ったりした。

>徐々に、家庭が困窮し始めてからは進学費用など総額2000万円は援助した。それも通帳に記録を残している。 かねてから65歳で仕事は引退し、悠々自適に過ごすと決めていた。70代後半となった今、自宅に飛来する野鳥をめでたり、音楽を楽しんだりしていた日々に、事件は突如として起きた。マスコミが押し寄せ、対応を一手に引き受けている。


>最後の仕事は、本来子どもたちに渡るはずだったお金を旧統一教会から取り戻すこと。マスコミ対応も一手に引き受け、企業法務に携わってきた知見も入れながら新たな闘いに挑んでいる。