9月終わり、滝口は桑田らチームメイト数人と上京した。それぞれが各大学野球部のセレクションを受けるためだったが、その合間に東京六大学野球の秋季リーグ、早稲田大学対東京大学の試合を観ようと神宮球場を訪れた。

 滝口たちはバックネット裏のスタンド上部に陣取った。明るい緑の人工芝グラウンドに早稲田の選手たちが現れた。白地のユニホームにWASEDAという燕脂の刺繡を見ると自然と心が躍った。

 桑田はなおさらだろう。

 滝口は傍に座っているエースの心境を思った。桑田の母方の祖父は同大学の出身であり、母親からは「あなたにも早稲田の卒業生になってほしい」と幼いころから期待をかけられてきたのだという。

 ところがその日、桑田の目の前で早稲田は敗れた。東大を相手に一点も奪うことができなかった。白地のユニホームも、緑と青に彩られた球場も、どこか色褪せて見えた。桑田は秋風に吹かれながらグラウンドをじっと見つめていた。

 滝口は俯く早稲田ナインとPL学園のエースとの間にギャップを感じていた。桑田は甲子園で並ぶ者のいない投手だった。大学、社会人は高校よりもレベルが上がるとはいえ、もはやアマチュアで投げるような投手ではないような気がしていた。その違和感が早稲田の惨敗を見たあとではより鮮明になった。

 後日、寮に戻ってから桑田がふと呟いた。

「あれがおれの思っていた早稲田なんかな……」

 それまでとは明らかにトーンが違っていた。

 あの神宮での試合の後、桑田と滝口ら数人は球場に隣接するパーラーで喉を潤すことにした。沈んだ空気のまま、言葉少なにテーブルについていると、そこへ早稲田スポーツ新聞会の学生たちがやってきた。スタンドで桑田の姿を見つけて、追いかけてきたのだという。

 腕章をつけた何人かのうち一人が言った。

「桑田くん、本当に早稲田に入りたいの?」

 桑田は少し戸惑ったような表情を浮かべると、返答の代わりに苦笑いを返した。すると、腕章の学生は本気とも冗談ともつかないような調子でこう続けた。

「悪いことは言わないから、やめておいた方がいいんじゃない?」

 滝口の記憶では桑田が早稲田への思いを口にしなくなったのはそれからだった。あの日の一件が桑田を考え込ませているのかもしれない。秋が深まるにつれ、滝口はそう考えるようになっていった。

桑田が早稲田入学に疑問を抱いた日