平野氏は「大家好(こんにちは)」と中国語を披露、さらに「中信兄弟の2季連続優勝に、選手のレベルアップに全力で取り組みたい。林監督の熱烈なオファーに、何とか力になりたいとやってまいりました」と意気込みを語った。中信の林威助監督は、阪神時代のチームメート。その縁が台湾に向かう第一のきっかけだ。
 ただ、それだけが理由ではない。平野氏は2011年3月11日の、東日本大震災当時を振り返り「日本人は感謝の気持ちを忘れてはいけない。台湾の皆さんから200億円の義援金、400トンの援助物資、震災の翌日に、世界のどこよりも早く救助隊を派遣してくださったことに感謝したいと思います」と口にした。
 その上で「自分も恩返しができないのかな、なにか日本と台湾の架け橋、力になれないかと日々考えていたところにコーチというオファー、受けさせていただくことに決めました」と、決断のもう一つの理由を明かしている。