つまり、私にはビートルズのよさもわるさも何もわからない。しかも歌いだすやいなや、キャーキャーというさわぎで、歌もろくすっぽきこえない。どうにかきこえたのは、イエスタデーはどうしたとかこうしたとかいう一曲だけ。何の感銘もなければ興奮もなく、ついこの間、同じ武道館で行われた原田・ジョフレ戦のあの全観衆の熱狂の百分の一ほどの興奮もなかった。
(中略)

これらの少女たちは、私たちとはちがって、十分ビートルズ病の潜伏期、前驅症状をへて、最後の大発作を起こすためにここへ来ているだから、第一、心がまえがちがう。ベトナムの敬虔なる仏教徒を引き合いに出すのは申しわけないが、いわばこの少女たちは焼身自殺のパーティをやっているようなもので、それまでに全身に油を体にしみ込ませた上で、ここへやってきて、時至るとみるや、わが手でさっと燐寸の火をつけるのだから、でき上がりが早い。ビートルズが登場すると同時に、即座に最終的興奮段階に入れる下地ができているのである。

会場と同時に入場して、もう感激のあまり泣いていた二人の少女があったというから、気の早いのを通り越している。