世界中に因子をばらまいて無限に増える奴も殺している

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「なるほど。私を殺しにきたか」
「ここを探り当てるとはな」
「だが、それがどうした」
「ここが中枢だとでも思ったか」
「ここにいる私が死んだところでさほどの意味はない」
「私は世界中にいる」
「それは人の形態を取っているものだけではない」
「目に見えないほどの微少な、蟲のごときものですらが私だ」
「ここにまでやってくるその力は驚異的だ。それは認めよう」
「だが、その程度の力で私を滅ぼせるとでも思っているのか」
「いくら殺したところで私を殺し尽くすことなどできない」
「私はいくらでもいる。世界中に分散しているのだ」
「どれほど殺そうと、生き残りがいればそこから増えていく」
「大量絶滅すらも想定済みだ」
 ここは重要な保管庫ではある。
 だが中枢ではない。
 たとえここにいる者が全て殺されたとしても、問題はないのだ。
 自分を無数に分散し、冗長性を確保し、常にお互いを複製し合う不死のシステムが構築されている。
 イゼルダは、現世の状況を確認した。
 応答は、返ってこなかった。
 異常だった。
 イゼルダは相互監視を行っている。万が一の事態に対応するためであり、何かがあればすぐに警報が発せられるはずなのだ。
 なのに、警報はなく、現世のイゼルダは沈黙している。
 それが何を意味するのか。イゼルダにはすぐ理解ができなかった。
 簡単で当たり前の答えがすぐそこにあるのに、それを直視することができなかったのだ。
「どういうことだ……」
「私は、人間だけでも百万人はいたはずだ……」
「一人でも、一匹でも生き残っていればアラートがあるはず」
「馬鹿な……ほとんどは、私の意識などないただの人間だぞ……」
 イゼルダの因子を持つほとんどの者は、何事も無く一生を終える。
 それは危機に備えての余剰と、偶然が生み出す多様性のために用意された。
 それがイゼルダを内包しているなどわかるはずもなく、調べる方法もない。
 万が一気付かれたとしても、その時点ではただの人間でしかないのだ。
 普通の人間なら、潜在的に危険かもしれないという程度のことで殺すことはできないだろう。
 その点でイゼルダは人類を信頼していた。総体としての人類は善であるだろうと考えていたのだ。
 だが。
 この少年は違った。
 どのように知ったのか、どうやってやったのかはわからないが、現世のイゼルダを殺し尽くしたのだ。
 百万を超える人類はもとより、家畜や野生動物、虫や植物、微少な細菌に至るまで、イゼルダの因子を含むものを全て殺戮した。

(中略)
 イゼルダは根絶された。
 遺伝情報の一片すら残らなかった。