異例の「強制送還」は5月4日の横浜DeNA戦で起きた。中日の立浪和義監督(53)が「戦う顔をしていない」と怒り、試合中に2軍行きを命じたのだ。
「チームの顔」である選手会長を務めていた京田陽太(28)=能美市出身=にとっては、つらく厳しい現実だった。結局、これが引き金となり、シーズン終了後の11月18日に横浜DeNAへのトレード移籍が決まった。

●トレードで中日離れ

交換トレードで中日を離れて3週間後の今月上旬、北國新聞社のインタビューに応じた京田は「苦しい1年でした」とプロ6年目を振り返りながらも、「今だから言えますが、『強制送還』は正直ほっとした。いろいろなものと戦ってきたので、開放された感じでした」と明かした。

寺井中時代は硬式野球・白山能美ボーイズでプレーし、青森山田高、日大を経てドラフト2位で中日に入団した。抜群の守備力で1年目の2017年に遊撃手レギュラーの座をつかみ、球団新人最多の149安打を記録してセ・リーグ新人王を獲得。
だが、昨季は打撃不振で5年目で初の2軍落ちを経験した反省から、今季キャンプでは「全部壊して新しいものをつくってみよう」と挑んだ。

復活への思いは強かったが、結果は裏目に出た。「新しいことはすぐにできるものではなく、悪い方向に行ってしまった」。
2軍に落とされた後、6、8月と1軍昇格を果たしたものの、思うような結果を残せなかった。出場はプロ入り最少の43試合にとどまり、打率1割7分2厘、3本塁打、8打点に終わった。