描写だけで済ますから偉いってのはちょっと違うねん
たとえば洋画で落ちぶれた刑事って主人公の導入があったとして
飲みかけのビールや喰いかけのピザや古い新聞記事とか見せてやる手法もあるし
くそったれな一日がまた始まるって独白から始まってもええねん
ただの手法の差でしかない

でも考察至上主義者は前者が唯一の絶対解と勘違いしとるんよこういうのを半可通という
save the catだってそうやで脚本術の名著やけど別にそれが絶対な解凍ではないし多くの書籍触れてればそんなこと思わんはずなんよ
最近の漫画家は漫画読んで漫画描いてる論もそうやけど評価する側が漫画アニメしか知識ないだけやほんまに狭いんよネットの自称批評家側が