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ワイニート、簿記2級に合格する

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2023/01/23(月) 12:52:27.75ID:N6CFCKP4a
これでようやく就活できるわ
4それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:53:18.00ID:u52JSu9Q0
>>3
嘘なんか?
5それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:54:02.03ID:sPq2p021M
凄い わいも3級うける
2023/01/23(月) 12:54:24.27ID:D0lURFG80
ぼぼぼ勃起ですか!?!
7それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:55:23.89ID:waMINSxh0
よかおめ
2023/01/23(月) 12:55:28.42ID:N6CFCKP4a
>>4
信じてくれや
前に画像アップして名前消し忘れたことあったから怖いんじゃ
9それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:55:46.26ID:u52JSu9Q0
>>8
許す🥺
2023/01/23(月) 12:56:04.32ID:N6CFCKP4a
>>5
がんばれ
為せばなるなさねばならぬこともある
11それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:56:05.47ID:9+uDh//3d
簿記やって仕事としてあれやりたいと思ったんか?
一日中数字と睨めっこしたいん?
2023/01/23(月) 12:56:22.07ID:N6CFCKP4a
>>7
サンガツ
2023/01/23(月) 12:56:35.14ID:N6CFCKP4a
>>9
感謝するで
2023/01/23(月) 12:56:43.93ID:fdMZ28I70
おめでとう年はいくつ?
2023/01/23(月) 12:57:07.20ID:N6CFCKP4a
>>11
詳しくは知らんけど、簿記2級持ってたら引くて数多みたいなんや
ネットに書いてた
16それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:57:30.45ID:BSD4+XLma
日商か?
2023/01/23(月) 12:57:56.74ID:N6CFCKP4a
>>14
愛と青春の30歳や
2023/01/23(月) 12:58:09.88ID:N6CFCKP4a
>>16
なんじゃそりゃ
19それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:59:02.24ID:I7mX4t+b0
偉いけど実務が結局大事やで
20それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 12:59:27.24ID:po14OTaUd
実務経験ないと話にならんぞ
特に男
2023/01/23(月) 13:00:15.89ID:N6CFCKP4a
>>19
実務は試験勉強でやったぞ
2023/01/23(月) 13:00:31.97ID:N6CFCKP4a
>>20
なくても大丈夫って誰か書いてたぞ
23それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 13:00:51.39ID:fnTS3D/7H
>>16
全商って高校生以外は受けられるんか?
2023/01/23(月) 13:00:52.01ID:fdMZ28I70
>>17
それで仮に未経験だと一級は無いと駄目なんじゃないのか
25それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 13:01:26.75ID:yVSTbKIs0
ワイ簿記2級持ちの25歳早稲田商学部卒ニートやけど事務13社落ちとるわ
26それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 13:01:57.74ID:NhfE0HCRd
わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚はばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執とっても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。
 私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書はがきを受け取ったので、私は多少の金を工面くめんして、出掛ける事にした。私は金の工面に二に、三日さんちを費やした。ところが私が鎌倉に着いて三日と経たたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親たちに勧すすまない結婚を強しいられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くで遊んでいたのである。彼は電報を私に見せてどうしようと相談をした。私にはどうしていいか分らなかった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼は固もとより帰るべきはずであった。それで彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された
 学校の授業が始まるにはまだ大分だいぶ日数ひかずがあるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいという境遇にいた私は、当分元の宿に留とまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子むすこで金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった。したがって一人ひとりぼっちになった私は別に恰好かっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。
27それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 13:02:12.94ID:NhfE0HCRd
わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚はばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執とっても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。
 私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書はがきを受け取ったので、私は多少の金を工面くめんして、出掛ける事にした。私は金の工面に二に、三日さんちを費やした。ところが私が鎌倉に着いて三日と経たたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親たちに勧すすまない結婚を強しいられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くで遊んでいたのである。彼は電報を私に見せてどうしよと相談をした。私にはどうしていいか分らなかった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼は固もとより帰るべきはずであった。それで彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。
 学校の授業が始まるにはまだ大分だいぶ日数ひかずがあるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいという境遇にいた私は、当分元の宿に留とまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子むすこで金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった。したがって一人ひとりぼっちになった私は別に恰好かっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。
28それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 13:02:44.32ID:1VXSLxcO0
>>25
やばない?そんなことあるんやな
2023/01/23(月) 13:03:53.25ID:N6CFCKP4a
>>24
なんでや
簿記2級あれば大丈夫やろ
30それでも動く名無し
垢版 |
2023/01/23(月) 13:04:24.76ID:KLW1Mongp
自分の履歴書を読んで採用したいと思うかどうかやで
31それでも動く名無し
垢版 |
2023/01/23(月) 13:07:52.39ID:Khjf4CcMd
わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚はばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執とっても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。
 私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書はがきを受け取ったので、私は多少の金を工面くめんして、出掛ける事にした。私は金の工面に二に、三日さんちを費やした。ところが私が鎌倉に着いて三日と経たたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親たちに勧すすまない結婚を強しいられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それ夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くででいたのである。彼は電報を私に見せどうしようと相談をした。にはどうしていいか分らなかった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼は固もとより帰るべきはずであった。それで彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。
 学校の授業が始まるにはまだ大分だいぶ日数ひかずがあるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいという境遇にいた私は、当分元の宿に留とまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子むすこで金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった。したがって一人ひとりぼっちになった私は別に恰好かっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。
32それでも動く名無し
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2023/01/23(月) 13:07:58.42ID:Khjf4CcMd
わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚はばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起ごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執とっても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。
 私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書はがきを受け取ったので、私は多少の金を工面くめんして、出掛ける事にした。私は金の工面に二に、三日さんちを費やした。ところが私が鎌倉に着いて三日と経たたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親たちに勧すすまない結婚を強しいられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それ夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くででいたのである。彼は電報を私に見せどうしようと相談をした。にはどうしていいか分らなかった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼は固もとより帰るべきはずであった。それで彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。
 学校の授業が始まるにはまだ大分だいぶ日数ひかずがあるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいという境遇にいた私は、当分元の宿に留とまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子むすこで金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった。したがって一人ひとりぼっちになった私は別に恰好かっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。
33それでも動く名無し
垢版 |
2023/01/23(月) 13:09:12.71ID:po14OTaUd
>>22
大半の募集に実務経験2年とか書かれてる
なくてもいいとこもあるだろうけどしっかりしたところは少ないし成人男子募集してるような給料じゃないぞ
ちな日商二級取ったけどまったく活かせず営業やっとる
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