普通に旦那が死んで沼津時代は生活保護だったけど
呼び寄せてからはそうでもなくて
ただ俺も母も金もってないといいたいだけでしょ


「おふくろは静岡県沼津市の理髪店で8人きょうだいの長女として生まれ、同郷の父と一緒になり東京に出てきた。父は寿司職人として修行をし、金を貯めて独立、営業を軌道に乗せると4店舗を経営するまでになった。それを苦労して支えたのが母。
父が62歳で亡くなったころは沼津にいておふくろが面倒を見ていたので、『東京に来いよ、一緒に暮らそう』と声をかけたんだけど『あと2年ぐらいはこっちで頑張るよ』と断られた。

そのうち『寂しくなったから、そっち行くよ』と都内で賃貸を借りて住むようになり、4年半ぐらい前から現在の家で同居するようになった。おふくろもこの場所を気に入っていたし、幸せそうだった。孫である(私の)息子や娘が帰ってくると、とても喜んでいました。