>>361

 震災直後においては、校長は避難所にいながら被災現場に足を運ぶこともしませんでした。やっと1週間後、現場に来た時には捜索活動に合流すると思いきや、校長室の金庫を開ける事に終始し、金庫が開いた瞬間、何か分からぬ資料を隠すように急いで車に詰め込み、立ち去りました。あの時、私たち保護者は自ら必死に手で土を掘り起こし、何日も子ども達を探し続けていました。私たちは校長に泣きながら叫びました。『子どもの命よりも、その金庫の中身が大事なのか!』という言葉を…。

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