坂口元師 洋一さんがああいうことになったのに、息子さんがジョッキーになると聞いて、ご家族は反対されなかったのだろうか…と思ったりもした。ただ、何とか応援したいとそのときから思っていた。実は私の妻と洋一さんが同い年で、長女と祐一くんが同い年。しかも「祐」の字も同じだった。勝手に、何か縁を感じていたのもある。
 まだデビュー2年目の若手に、世界的な良血馬キングヘイローの手綱を任せた理由がそこにあった。デビュー3連勝の東スポ杯で重賞初制覇。しかし、翌年のダービーは14着に敗れた。中団から運ぶはずが、3年目の福永騎手はハナへ。緊張で顔面そう白だった。
 坂口元師 当日の緊張だけじゃない。何週も前から新聞やテレビが取材に来た。勝てば最年少優勝(JRA設立以降)だ、洋一さんの勝てなかったダービーを-と。長く調教師をしていた私でも重圧を感じたのに、3年目の彼には相当なプレッシャーだったと思う。あのダービーの結果にはもちろん満足はしていないけど、福永を乗せたことは後悔していない。
 キングヘイローの競走生活の終盤、福永騎手はほとんど乗っていない。それでも引退レースを終え、種牡馬として栗東から旅立つ同馬を見送りに駆けつけた。

サンキュー坂口