ショートフライ。最悪だった。今でも覚えてるよ。ハッキリ覚えてる。
次のバッターがイチローさんだった。ツーアウト二、三塁。
こんなにプレッシャーの掛かる場面に、おれがイチローさんを送り出した。
おれが打って、あとはイチローさんにとどめを刺してもらうだけだったのに。
あれだけ苦しんできたイチローさんを、こんな場面で打席に立たせちゃう。
なんだよ、イチローさんを苦しめているのはおれだったのかよって思った。
何も言えなかった。
おれが助けなきゃあかんのに。
イチローさんは今までどんだけおれを引っ張ってくれたか。ここでイチローさんを助けるのはおれだろ。イチローさんを守るのはおれだろ。
何してんだ、おれはアホか、最低の男だ。
イチローさんは打席に立った。
おれは、ダルと並んでイチローさんを応援した。ダルは打たれて、おれは打てなくて、2人、ガックリ来てる。
あのとき、おれとダルがどんな目でイチローさんを見つめていたか。どんな想いで見ていたか。
イチローさんは、林昌勇の8球目、シンカーを捉えてセンターへ弾き返した。ウッチー、ガンちゃんが相次いでホームへ駆け込んだ。2点を勝ち越す、タイムリー。
もう、うわーって感じじゃないんだよ。
シーンと静まりかえるんだ。
えっ、これは本当のことなのか、夢じゃないのかって思うんだ。
みんなが現実かどうかを確かめるから、一瞬、シーンとする。そこから、うわぁーっといく。
イチローさんは、何もかもを背負って、打った。
うわぁーっ、イチローっ、イッチろぉー。
もう、呼び捨てよ。ダルのケツ叩いて、叫んだよ。
おい、くっそー、お前、やったぞ。
イチロー、やったぞ、おれたち、命、助けてもらったぞって。
アイツもハイって。
あのときのガッツポーズは、イチローさんに向いてない。おれたちに向いてた。よっしゃ、きた。また鬼神が出た。