本拠地、中京競馬場で迎えた中京記念
鞍上横山が後方ポツン、末脚も勢いを見せず惨敗だった
ターフに響くファンのため息、どこからか聞こえる「今年は100敗だな」の声
無言で帰り始める選手達の中、2014年ダービー馬ワンアンドオンリーは独り馬房で泣いていた
ダービーで手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できる厩舎スタッフ・・・
それを今の競馬で得ることは殆ど不可能と言ってよかった
「どうすりゃいいんだ・・・」ワンアンドオンリーは悔し涙を流し続けた
どれくらい経ったろうか、ワンアンドオンリーははっと目覚めた
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいベンチの感覚が現実に引き戻した
「やれやれ、帰ってトレーニングをしなくちゃな」ワンアンドオンリーは苦笑しながら呟いた
立ち上がって伸びをした時、ワンアンドオンリーはふと気付いた
「あれ・・・?お客さんがいる・・・?」
ベンチから飛び出したワンアンドオンリーが目にしたのは、スタンドまで埋めつくさんばかりの観客だった
千切れそうなほどに旗が振られ、地鳴りのように橋口厩舎の応援歌が響いていた
どういうことか分からずに呆然とするワンアンドオンリーの背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた
「オンリー、返し馬だ、早く行くぞ」声の方に振り返ったワンアンドオンリーは目を疑った
「ノ・・・ノリさん?」  「なんだオンリー、居眠りでもしてたのか?」
「は・・・橋口先生?」  「なんだオンリー、かってに橋口先生を引退させやがって」
「前田さん・・・」  ワンアンドオンリーは半分パニックになりながらターフビジョンを見上げた
1番:サウンズオブアース 2番:ワンアンドオンリー 3番:マイネルフロスト 4番:アドマイヤデウス 5番:トゥザワールド 6番:ショウナンラグーン 7番:スズカデヴィアス 8番:アズマシャトル 9番:ベルキャニオン
暫時、唖然としていたワンアンドオンリーだったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった
「勝てる・・・勝てるんだ!」
スタッフからゼッケンを受け取り、ターフへ全力疾走するワンアンドオンリー、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった・・・

翌日、ベンチで冷たくなっているワンアンドオンリーが発見され、吉村と村田は病院内で静かに息を引き取った