昔のオタクより今のオタクのほうが知識の総量は絶対に多い。
一方でコンテンツの量が増えすぎて「オタク(その分野に詳しい人)」という定義が成立しなくなってる。
オタク同士でも観てるものが被ってなくて会話が成立しないことが何年も続いた。

だからいまは「推し(それさえ知っていれば良い)」という限定的な深さを共有する概念が歓迎されたんだろう。