臭いはいつの間にか気にならなくなっていた。劣悪な生活環境でも母親は息子に何かをしてほしいと頼むことはなく「女の子でもないのにごめんね。ありがとう」とねぎらう声をかけたという。

 その日の朝は、前日から降り続けた雨が上がった曇り空だった。起き抜けにいつものように水をあげても飲み干す様子がない。肩を揺すっても反応がなく、鼻に手を当てると息をしていなかった。すぐに119番をしたが、すでに事切れた後だった。
 ▽「母が死ぬことを考えたくなかった」

 事件の経緯を聞き終えた弁護人は、法廷で息子に質問を投げかけた。

 ―なぜ病院に連れて行かなかったのですか。

 「体が汚れている母を連れて行って、ちゃんとした介護ができていないと責められるのが嫌でした」

 ―お母さんに死期が近いとはなぜ思わなかったのですか。

 「なんとなく思っていました。でも、母が死ぬと考えたくなかったんだと思います」

 ―悲惨な最期を迎えることになったお母さんはあなたのことをどう思っていると思いますか。