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夜明けに山月記を読み返す🌓⛰🐅

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1それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:02:38.80ID:W4O2WXp9d
🐯・・・
2それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:03:05.65ID:W4O2WXp9d
山月記  中島敦
3それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:04:06.24ID:wRgBJyLuM
なんG民出てくるよな
4それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:04:24.30ID:W4O2WXp9d
 隴西[ろうさい]の李徴は博學才穎[さいえい]、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略[くわくりやく]に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤[おもかげ]は、何處に求めやうもない。
5それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:04:32.67ID:TLq1FlR40
久々にスレ見た
6それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:04:55.92ID:W4O2WXp9d
數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。

一方、之は、己の詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。

彼は怏々として樂しまず、狂悖[はい]の性は愈々抑へ難くなつた。
7それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:05:22.37ID:W4O2WXp9d
一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿つた時、遂に發狂した。

或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。

彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。
8それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:05:50.96ID:W4O2WXp9d
 翌年、監察御史、陳郡の袁傪といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於[しやうを]の地に宿つた。

次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。
2023/04/27(木) 05:05:58.68ID:/lWeIhKJ0
生存確認
10それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:06:24.72ID:W4O2WXp9d
殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。

其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。
11それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:06:49.25ID:W4O2WXp9d
 袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懷かしげに久濶を叙した。そして、何故叢から出て來ないのかと問うた。

李徴の聲が答へて言ふ。自分は今や異類の身となつてゐる。どうして、おめゝゝと故人の前にあさましい姿をさらせようか。且つ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決つてゐるからだ。

しかし、今、圖らずも故人に遇ふことを得て、愧赧[きたん]の念をも忘れる程に懷かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜惡な今の外形を厭はず、曾て君の友李徴であつた此の自分と話を交して呉れないだらうか。
12それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:07:12.62ID:W4O2WXp9d
 後で考へれば不思議だつたが、其の時、袁傪は、この超自然の怪異を、實に素直に受容れて、少しも怪まうとしなかつた。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立つて、見えざる聲と對談した。

都の噂、舊友の消息、袁傪が現在の地位、それに對する李徴の祝辭。

青年時代に親しかつた者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至つたかを訊ねた。草中の聲は次のやうに語つた。
13それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:07:55.08ID:W4O2WXp9d
 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊つた夜のこと、一睡してから、ふと眼を覺ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでゐる。

聲に應じて外へ出て見ると、聲は闇の中から頻りに自分を招く。覺えず、自分は聲を追うて走り出した。

無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫んで走つてゐた。

何か身體中に力が充ち滿ちたやうな感じで、輕々と岩石を跳び越えて行つた。

氣が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じてゐるらしい。 
14それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:08:41.64ID:W4O2WXp9d
少し明るくなつてから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となつてゐた。

自分は初め眼を信じなかつた。次に、之は夢に違ひないと考へた。夢の中で、之は夢だぞと知つてゐるやうな夢を、自分はそれ迄に見たことがあつたから。どうしても夢でないと悟らねばならなかつた時、自分は茫然とした。さうして、懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

しかし、何故こんな事になつたのだらう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取つて、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、其の時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

再び自分の中の人間が目を覺ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばつてゐた。之が虎としての最初の經驗であつた。
15それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:09:12.90ID:pKWiuQcYa
 隴西[ろうさい]の李徴は博學才穎[さいえい]、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略[くわくりやく]に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤[おもかげ]は、何處に求めやうもない。
16それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:09:15.25ID:W4O2WXp9d
 それ以來今迄にどんな所行をし續けて來たか、それは到底語るに忍びない。

ただ、一日の中に必ず數時間は、人間の心が還つて來る。さういふ時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雜な思考にも堪へ得るし、經書の章句をも誦ずることも出來る。

その人間の心で、虎としての己の殘虐な行のあとを見、己の運命をふりかへる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

しかし、その、人間にかへる數時間も、日を經るに從つて次第に短くなつて行く。今迄は、どうして虎などになつたかと怪しんでゐたのに、此の間ひよいと氣が付いて見たら、己れはどうして以前、人間だつたのかと考へてゐた。
17それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:09:24.58ID:pKWiuQcYa
一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿つた時、遂に發狂した。

或夜半、急に顏色を變へて寢床から起上ると、何か譯の分らぬことを叫びつつ其の儘下にとび下りて、闇の中へ駈出した。

彼は二度と戻つて來なかつた。附近の山野を搜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなつたかを知る者は、誰もなかつた。
18それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:09:37.46ID:pKWiuQcYa
 隴西[ろうさい]の李徴は博學才穎[さいえい]、天寶の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃む所頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかつた。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略[くわくりやく]に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに烱々として、曾て進士に登第した頃の豐頬の美少年の俤[おもかげ]は、何處に求めやうもない。
2023/04/27(木) 05:09:47.98ID:w7cWbpJnM
これ中国の物語の翻訳かと思ったら日本人が作ったんよな
20それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:09:48.92ID:pKWiuQcYa
 翌年、監察御史、陳郡の袁傪といふ者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於[しやうを]の地に宿つた。

次の朝未だ暗い中に出發しようとした所、驛吏が言ふことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白晝でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでせうと。袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、驛吏の言葉を斥けて、出發した。
21それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:10:04.45ID:pKWiuQcYa
殘月の光をたよりに林中の草地を通つて行つた時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。虎は、あはや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隱れた。叢の中から人間の聲で「あぶない所だつた」と繰返し呟くのが聞えた。

其の聲に袁傪は聞き憶えがあつた。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思ひあたつて、叫んだ。「其の聲は、我が友、李徴子ではないか?」

袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かつた李徴にとつては、最も親しい友であつた。温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかつたためであらう。

 叢の中からは、暫く返辭が無かつた。しのび泣きかと思はれる微かな聲が時々洩れるばかりである。ややあつて、低い聲が答へた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。
22それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:10:25.79ID:pKWiuQcYa
少し明るくなつてから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となつてゐた。

自分は初め眼を信じなかつた。次に、之は夢に違ひないと考へた。夢の中で、之は夢だぞと知つてゐるやうな夢を、自分はそれ迄に見たことがあつたから。どうしても夢でないと悟らねばならなかつた時、自分は茫然とした。さうして、懼れた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。

しかし、何故こんな事になつたのだらう。分らぬ。全く何事も我々には判らぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取つて、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。

自分は直ぐに死を想うた。しかし、其の時、眼の前を一匹の兎が駈け過ぎるのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消した。

再び自分の中の人間が目を覺ました時、自分の口は兎の血に塗れ、あたりには兎の毛が散らばつてゐた。之が虎としての最初の經驗であつた。
23それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:10:35.54ID:W4O2WXp9d
之は恐しいことだ。

今少し經てば、己れの中の人間の心は、獸としての習慣の中にすつかり埋れて消えて了ふだらう。恰度、古い宮殿の礎が次第に土砂に埋沒するやうに。

さうすれば、しまひに己れは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂ひ廻り、今日の樣に途で君と出會つても故人と認めることなく、君を裂き喰うて何の悔も感じないだらう。

一體、獸でも人間でも、もとは何か他のものだつたんだらう。初めはそれを憶えてゐたが、次第に忘れて了ひ、初めから今の形のものだつたと思ひ込んでゐるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。

己れの中の人間の心がすつかり消えて了へば、恐らく、その方が、己れはしあはせになれるだらう。だのに、己れの中の人間は、その事を、此の上なく恐しく感じてゐるのだ。

ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思つてゐるだらう! 己れが人間だつた記憶のなくなることを。

この氣持は誰にも分らない。誰にも分らない。己れと同じ身の上に成つた者でなければ。

所で、さうだ。己れがすつかり人間でなくなつて了ふ前に、一つ頼んで置き度いことがある。
24それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:10:48.19ID:pKWiuQcYa
 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊つた夜のこと、一睡してから、ふと眼を覺ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでゐる。

聲に應じて外へ出て見ると、聲は闇の中から頻りに自分を招く。覺えず、自分は聲を追うて走り出した。

無我夢中で駈けて行く中に、何時しか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫んで走つてゐた。

何か身體中に力が充ち滿ちたやうな感じで、輕々と岩石を跳び越えて行つた。

氣が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じてゐるらしい。 
25それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:11:11.58ID:pKWiuQcYa
 それ以來今迄にどんな所行をし續けて來たか、それは到底語るに忍びない。

ただ、一日の中に必ず數時間は、人間の心が還つて來る。さういふ時には、曾ての日と同じく、人語も操れれば、複雜な思考にも堪へ得るし、經書の章句をも誦ずることも出來る。

その人間の心で、虎としての己の殘虐な行のあとを見、己の運命をふりかへる時が、最も情なく、恐しく、憤ろしい。

しかし、その、人間にかへる數時間も、日を經るに從つて次第に短くなつて行く。今迄は、どうして虎などになつたかと怪しんでゐたのに、此の間ひよいと氣が付いて見たら、己れはどうして以前、人間だつたのかと考へてゐた。
26それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:11:37.20ID:pKWiuQcYa
 後で考へれば不思議だつたが、其の時、袁傪は、この超自然の怪異を、實に素直に受容れて、少しも怪まうとしなかつた。彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立つて、見えざる聲と對談した。

都の噂、舊友の消息、袁傪が現在の地位、それに對する李徴の祝辭。

青年時代に親しかつた者同志の、あの隔てのない語調で、それ等が語られた後、袁傪は、李徴がどうして今の身となるに至つたかを訊ねた。草中の聲は次のやうに語つた。
27それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:12:15.69ID:4l/6eBnya
なぜかG民の多くにブッ刺さる作品
28それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:13:26.51ID:W4O2WXp9d
>>19
唐代の中国で書かれた物語を下敷きにして翻案というか近現代的な変異譚にしとる
カフカの『変身』の影響を受けとるとも言われとる
29それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:13:57.48ID:W4O2WXp9d
 袁傪はじめ一行は、息をのんで、叢中の聲の語る不思議に聞入つてゐた。聲は續けて言ふ。

 他でもない。自分は元來詩人として名を成す積りでゐた。しかも、業未だ成らざるに、この運命に立至つた。曾て作る所の詩數百篇、固より、まだ世に行はれてをらぬ。遺稿の所在も最早判らなくなつてゐよう。

所で、その中、今も尚記誦せるものが數十ある。之を我が爲に傳録して戴き度いのだ。

何も、之に仍つて一人前の詩人面をしたいのではない。作の巧拙は知らず、とにかく、産を破り心を狂はせて迄自分が生涯それに執著した所のものを、一部なりとも後代に傳へないでは、死んでも死に切れないのだ。
30それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:14:17.33ID:W4O2WXp9d
 袁傪は部下に命じ、筆を執つて叢中の聲に隨つて書きとらせた。李徴の聲は叢の中から朗々と響いた。

長短凡そ三十篇、格調高雅、意趣卓逸、一讀して作者の才の非凡を思はせるものばかりである。

しかし、袁傪は感嘆しながらも漠然と次の樣に感じてゐた。成程、作者の素質が第一流に屬するものであることは疑ひない。しかし、この儘では、第一流の作品となるのには、何處か(非常に微妙な點に於て)缺ける所があるのではないか、と。
31それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:14:18.38ID:/WEhatNDd
袁傪「虎になったんだよなキミは~」
32それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:14:51.34ID:W4O2WXp9d
 舊詩を吐き終つた李徴の聲は、突然調子を變へ、自らを嘲るが如くに言つた。

 羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己れは、己れの詩集が長安風流人士の机の上に置かれてゐる樣を、夢に見ることがあるのだ。

岩窟の中に横たはつて見る夢にだよ。嗤つて呉れ。詩人に成りそこなつて虎になつた哀れな男を。(袁傪は昔の青年李徴の自嘲癖を思出しながら、哀しく聞いてゐた。)

さうだ。お笑ひ草ついでに、今の懷を即席の詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾ての李徴が生きてゐるしるしに。
33それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:15:05.88ID:W4O2WXp9d
 袁傪は又下吏に命じて之を書きとらせた。その詩に言ふ。

偶因狂疾成殊類  災患相仍不可逃
今日爪牙誰敢敵  當時聲跡共相高
我爲異物蓬茅下  君已乘軺氣勢豪
此夕溪山對明月  不成長嘯但成嘷
2023/04/27(木) 05:15:13.07ID:sjhq4gy9d
山月記ニキ生きてたんやな良かった
最近見かけんから気になってたんよ
35それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:15:52.31ID:ThkeuCuL0
本物は末尾pだから偽物やね
36それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:15:57.32ID:W4O2WXp9d
 時に、殘月、光冷やかに、白露は地に滋く、樹間を渡る冷風は既に曉の近きを告げてゐた。人々は最早、事の奇異を忘れ、肅然として、この詩人の薄倖を嘆じた。李徴の聲は再び續ける。

 何故こんな運命になつたか判らぬと、先刻は言つたが、しかし、考へやうに依れば、思ひ當ることが全然ないでもない。

人間であつた時、己れは努めて人との交を避けた。人々は己れを倨傲だ、尊大だといつた。實は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかつた。

勿論、曾ての郷黨の秀才だつた自分に、自尊心が無かつたとは云はない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいふべきものであつた。
37それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:17:25.81ID:W4O2WXp9d
己れは詩によつて名を成さうと思ひながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交つて切磋琢磨に努めたりすることをしなかつた。かといつて、又、己れは俗物の間に伍することも潔しとしなかつた。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所爲である。

己の珠に非ざることを惧れるが故に、敢て刻苦して磨かうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出來なかつた。

己れは次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによつて益々己の内なる臆病な自尊心を飼ひふとらせる結果になつた。

人間は誰でも猛獸使であり、その猛獸に當るのが、各人の性情だといふ。己れの場合、この尊大な羞恥心が猛獸だつた。虎だつたのだ。之が己を損ひ、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、己の外形を斯くの如く、内心にふさはしいものに變へて了つたのだ。
38それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:17:49.40ID:W4O2WXp9d
>>35
本物とか偽物とかどうでもよくない?
39それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:18:30.43ID:W4O2WXp9d
今思へば、全く、己れは、己れの有つてゐた僅かばかりの才能を空費して了つた譯だ。

人生は何事をも爲さぬには餘りに長いが、何事かを爲すには餘りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事實は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭ふ怠惰とが己れの凡てだつたのだ。

己れよりも遙かに乏しい才能でありながら、それを專一に磨いたがために、堂々たる詩家となつた者が幾らでもゐるのだ。

虎と成り果てた今、己れは漸くそれに氣が付いた。それを思ふと、己れは今も胸を灼かれるやうな悔を感じる。
40それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:18:56.92ID:W4O2WXp9d
己れには最早人間としての生活は出來ない。
たとへ、今、己れが頭の中で、どんな優れた詩を作つたにした所で、どういふ手段で發表できよう。

まして、己れの頭は日毎に虎に近づいて行く。どうすればいいのだ。己れの空費された過去は? 己れは堪らなくなる。

さういふ時、己れは、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向つて吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴へたいのだ。
41それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:19:22.97ID:W4O2WXp9d
己れは昨夕も、彼處で月に向つて咆えた。誰かに此の苦しみが分つて貰へないかと。

しかし、獸どもは己れの聲を聞いて、唯、懼れ、ひれ伏すばかり。山も樹も月も露も、一匹の虎が怒り狂つて、哮つてゐるとしか考へない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己れの氣持を分つて呉れる者はない。

恰度、人間だつた頃、己れの傷つき易い内心を誰も理解して呉れなかつたやうに。己れの毛皮の濡れたのは、夜露のためばかりではない。
42それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:19:57.50ID:W4O2WXp9d
 漸く四邊[あたり]の暗さが薄らいで來た。木の間を傳つて、何處からか、曉角が哀しげに響き始めた。

 最早、別れを告げねばならぬ。醉はねばならぬ時が、(虎に還らねばならぬ時が)近づいたから、と、李徴の聲が言つた。だが、お別れする前にもう一つ頼みがある。それは我が妻子のことだ。

彼等は未だ虢略にゐる。固より、己れの運命に就いては知る筈がない。君が南から歸つたら、己れは既に死んだと彼等に告げて貰へないだらうか。

決して今日のことだけは明かさないで欲しい。

厚かましいお願だが、彼等の孤弱を憐れんで、今後とも道塗に飢凍することのないやうにはからつて戴けるならば、自分にとつて、恩倖、之に過ぎたるは莫い。
43それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:20:23.19ID:W4O2WXp9d
 言終つて、叢中から慟哭の聲が聞えた。袁傪も亦涙を泛べ、欣んで李徴の意に副ひ度い旨を答へた。李徴の聲は併し忽ち又先刻の自嘲的な調子に戻つて、言つた。

 本當は、先づ、この事の方を先にお願ひすべきだつたのだ、己れが人間だつたなら。飢ゑ凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を氣にかけてゐる樣な男だから、こんな獸に身を墮すのだ。

 さうして、附加へて言ふことに、袁傪が嶺南からの歸途には決して此の途を通らないで欲しい、其の時には自分が醉つてゐて故人を認めずに襲ひかかるかも知れないから。

又、今別れてから、前方百歩の所にある、あの丘に上つたら、此方を振りかへつて見て貰ひ度い。自分は今の姿をもう一度お目に掛けよう。

勇に誇らうとしてではない。我が醜惡な姿を示して、以て、再び此處を過ぎて自分に會はうとの氣持を君に起させない爲であると。
44それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:20:43.49ID:W4O2WXp9d
 袁傪は叢に向つて、懇ろに別れの言葉を述べ、馬に上つた。叢の中からは、又、堪へ得ざるが如き悲泣の聲が洩れた。袁傪も幾度か叢を振返りながら、涙の中に出發した。
45それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:21:02.96ID:W4O2WXp9d
 一行が丘の上についた時、彼等は、言はれた通りに振返つて、先程の林間の草地を眺めた。

忽ち、一匹の虎が草の茂みから道の上に躍り出たのを彼等は見た。

虎は、既に白く光を失つた月を仰いで、二聲三聲咆哮したかと思ふと、又、元の叢に躍り入つて、再び其の姿を見なかつ
46それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:21:14.76ID:W4O2WXp9d
(昭和17年2月發表)
47それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:23:32.82ID:4l/6eBnya
おつかれ👏
48それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:24:08.42ID:W4O2WXp9d
李徴は自分の詩と妻子のことを気にかけてたのに読んでるワイらは李徴のその後を思って泣いてまうのが作品のジレンマや
2023/04/27(木) 05:24:14.37ID:ZurX/Qiw0
山月記より名人伝のほうが好き
50それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:25:11.05ID:ThkeuCuL0
>>38
全然よくないけど
偽物キモい
51それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:28:12.88ID:W4O2WXp9d
>>49
ワイは山月記より李陵とか環礁のほうが好き

>>50
ワイが偽物やと思うなら山月記についてなんでも聞いてみろや
2023/04/27(木) 05:30:18.56ID:w7cWbpJnM
>>51
質問は無いけど次は現代語に訳してくれんか
53それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:31:52.61ID:W4O2WXp9d
>>52
訳しても何も山月記は現代文やし…
中島敦って時代も昭和やし読みやすい方やで
54それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:32:42.98ID:BSPda5mF0
土曜スレとか007スレ以上に久々に見たかも
2023/04/27(木) 05:35:16.75ID:Di+kt9qG0
山月記は分かりにくい単語多いからね、仕方ないね
56それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:36:48.45ID:g4XlzJOW0
読みにくくてしゃあないわ
57それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:36:52.58ID:W4O2WXp9d
>>55
冒頭部分だけや
袁傪一行に話が移ってからはすごい読みやすい
掴みと要所だけ漢文っぽくしてイメージ作っとるんや
2023/04/27(木) 05:37:12.54ID:ZurX/Qiw0
文語体を現代文というのはちょっと
2023/04/27(木) 05:37:50.41ID:/lWeIhKJ0
なんJドラゴンと同じカテゴリーだと思うから普段は嫌儲にいそう
60それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:38:11.18ID:W4O2WXp9d
読みにくい読みにくい言われるから読みやすいやつ貼るわ
61それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:38:29.33ID:W4O2WXp9d
狐憑  中島敦
2023/04/27(木) 05:38:35.14ID:w7cWbpJnM
>>53
なんというか、つをっに変えるとかふをうに変えるとかはをわに変えるとかそういうことやあと難しい漢字を易しくするとか
63それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:39:29.00ID:W4O2WXp9d
 ネウリ部落のシャクに憑きものがしたといふ評判である。色々なものが此の男にのり移るのださうだ。鷹だの狼だの獺だのの靈が哀れなシャクにのり移つて、不思議な言葉を吐かせるといふことである。

 後に希臘人[ぎりしゃじん]がスキュティア人と呼んだ未開の人種の中でも、この種族は特に一風變つてゐる。

彼等は湖上に家を建てて住む。野獸の襲撃を避ける爲である。數千本の丸太を湖の淺い部分に打込んで、其の上に板を渡し、其處に彼等の家々は立つてゐる。床の所々に作られた落し戸を開け、籠を吊して彼等は湖の魚を捕る。

獨木舟を操り、水狸や獺[かわうそ]を捕へる。麻布の製法を知つてゐて、獸皮と共に之を身にまとふ。馬肉、羊肉、木苺、菱の實等を喰ひ、馬乳や馬乳酒を嗜む。牝馬の腹に獸骨の管を插入れ、奴隸に之を吹かせて乳を垂下らせる古來の奇法が傳へられてゐる。

 ネウリ部落のシャクは、斯うした湖上民の最も平凡な一人であつた。
64それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:39:35.03ID:Upy0Oeof0
なんG民の知能指数じゃ読みづらくても仕方ないね
65それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:40:15.83ID:W4O2WXp9d
>>62
新字体の現代仮名遣いに直すのはまあええけど…
66それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:41:04.65ID:W4O2WXp9d
 シャクが變になり始めたのは、去年の春、弟のデックが死んで以來のことである。

その時は、北方から剽悍な遊牧民ウグリ族の一隊が、馬上に偃月刀を振りかざして疾風の如くに此の部落を襲うて來た。

湖上の民は必死になつて禦いだ。初めは湖畔に出て侵略者を迎へ撃つた彼等も名だたる北方草原の騎馬兵に當りかねて、湖上の栖處に退いた。湖岸との間の橋桁を撤して、家々の窓を銃眼に、投石器や弓矢で應戰した。

獨木舟を操るに巧みでない遊牧民は、湖上の村の殲滅を斷念し、湖畔に殘された家畜を奪つただけで、又、疾風の樣に北方に歸つて行つた。
67それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:41:39.56ID:W4O2WXp9d
後には、血に染んだ湖畔の土の上に、頭と右手との無い屍體ばかりが幾つか殘されてゐた。

頭と右手だけは、侵略者が斬取つて持つて歸つて了つた。頭蓋骨は、その外側を鍍金して髑髏杯を作るため、右手は、爪をつけたまま皮を剥いで手袋とするためである。

シャクの弟のデックの屍體もさうした辱しめを受けて打捨てられてゐた。

顏が無いので、服装と持物とによつて見分ける外はないのだが、革帶の目印と鉞の飾とによつて紛れもない弟の屍體をたづね出した時、シャクは暫く茫つとしたまま其の慘めな姿を眺めてゐた。其の樣子が、どうも、弟の死を悼んでゐるのとは何處か違ふやうに見えた、と、後でさう言つてゐた者がある。
68それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:42:36.91ID:W4O2WXp9d
 その後間もなくシャクは妙な譫言[うわごと]をいふやうになつた。

何が此の男にのり移つて奇怪な言葉を吐かせるのか、初め近處の人々には判らなかつた。言葉つきから判斷すれば、それは生きながら皮を剥がれた野獸の靈ででもあるやうに思はれる。一同が考へた末、それは、蠻人に斬取られた彼の弟デックの右手がしやべつてゐるのに違ひないといふ結論に達した。

四五日すると、シャクは又別の靈の言葉を語り出した。今度は、それが何の靈であるか、直ぐに判つた。武運拙く戰場に斃れた顛末から、死後、虚空の大靈に頸筋を掴まれ無限の闇黒の彼方へ投げやられる次第を哀しげに語るのは、明らかに弟デック其の人と、誰もが合點した。シャクが弟の屍體の傍に茫然と立つてゐた時、祕かにデックの魂が兄の中に忍び入つたのだと人々は考へた。
69それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:43:26.71ID:W4O2WXp9d
 さて、それ迄は、彼の最も親しい肉親、及び其の右手のこととて、彼にのり移るのも不思議はなかつたが、其の後一時平靜に復つたシャクが再び譫言を吐き始めた時、人々は驚いた。今度は凡そシャクと關係のない動物や人間共の言葉だつたからである。

 今迄にも憑きもののした男や女はあつたが、斯んなに種々雜多なものが一人の人間にのり移つた例はない。

或時は、此の部落の下の湖を泳ぎ廻る鯉がシャクの口を假りて、鱗族達の生活の哀しさと樂しさとを語つた。或時は、トオラス山の隼が、湖と草原と山脈と、又その向ふの鏡の如き湖との雄大な眺望について語つた。草原の牝狼が、白けた冬の月の下で飢に惱みながら一晩中凍てた土の上を歩き廻る辛さを語ることもある。
70それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:43:51.33ID:W4O2WXp9d
 人々は珍しがつてシャクの譫言を聞きに來た。をかしいのは、シャクの方でも(或ひは、シャクに宿る靈共の方でも)多くの聞き手を期待するやうになつたことである。

シャクの聽衆は次第にふえて行つたが、或時彼等の一人が斯んなことを言つた。シャクの言葉は、憑きものがしやべつてゐるのではないぞ、あれはシャクが考へてしやべつてゐるのではないかと。

 成程、さう言へば、普通憑きもののした人間は、もつと恍惚とした忘我の状態でしやべるものである。シャクの態度には餘り狂氣じみた所がないし、其の話は條理が立ち過ぎてゐる。少し變だぞ、といふ者がふえて來た。
71それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:44:48.77ID:YIKpv+dcp
サンガツ記
72それでも動く名無し
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2023/04/27(木) 05:44:56.25ID:W4O2WXp9d
 シャク自身にしても、自分の近頃してゐる事柄の意味を知つてはゐない。勿論、普通の所謂憑きものと違ふらしいことは、シャクも氣がついてゐる。

しかし、何故自分は斯んな奇妙な仕草を幾月にも亙つて續けて、猶、倦まないのか、自分でも解らぬ故、やはり之は一種の憑きものの所爲と考へていいのではないかと思つてゐる。

初めは確かに、弟の死を悲しみ、其の首や手の行方を憤ろしく思ひ畫いてゐる中に、つい、妙なことを口走つて了つたのだ。之は彼の作爲でないと言へる。

しかし、之が元來空想的な傾向を有つシャクに、自己の想像を以て自分以外のものに乘り移ることの面白さを教へた。

次第に聽衆が増し、彼等の表情が、自分の物語の一弛一張につれて、或ひは安堵の・或ひは恐怖の・僞ならぬ色を浮べるのを見るにつけ、此の面白さは抑へ切れぬものとなつた。
73それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:45:28.82ID:W4O2WXp9d
空想物語の構成は日を逐うて巧みになる。想像による情景描冩は益々生彩を加へて來る。自分でも意外な位、色々な場面が鮮かに且つ微細に、想像の中に浮び上つて來るのである。

彼は驚きながら、やはり之は何か或る憑きものが自分に憑いてゐるのだと思はない譯に行かない。但し、斯うして次から次へと故知らず生み出されて來る言葉共を後々迄も傳へるべき文字といふ道具があつてもいい筈だといふことに、彼は未だ思ひ到らない。今、自分の演じてゐる役割が、後世どんな名前で呼ばれるかといふことも、勿論知る筈がない。
74それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:46:16.38ID:W4O2WXp9d
 シャクの物語がどうやら彼の作爲らしいと思はれ出してからも、聽衆は決して減らなかつた。却つて彼に向つて次々に新しい話を作ることを求めた。

それがシャクの作り話だとしても、生來凡庸なあのシャクに、あんな素晴らしい話を作らせるものは確かに憑きものに違ひないと、彼等も亦作者自身と同樣の考へ方をした。憑きもののしてゐない彼等には、實際に見もしない事柄に就いて、あんなに詳しく述べることなど、思ひも寄らぬからである。

湖畔の岩陰や、近くの森の樅の木の下や、或ひは、山羊の皮をぶら下げたシャクの家の戸口の所などで、彼等はシャクを半圓にとり圍んで座りながら、彼の話を樂しんだ。北方の山地に住む三十人の剽盗の話や、森の夜の怪物の話や、草原の若い牡牛の話などを。
75それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:47:22.11ID:W4O2WXp9d
 若い者達がシャクの話に聞き惚れて仕事を怠るのを見て、部落の長老連が苦い顏をした。

彼等の一人が言つた。シャクのやうな男が出たのは不吉の兆である。もし憑きものだとすれば、斯んな奇妙な憑きものは前代未聞だし、もし憑きものでないとすれば、斯んな途方もない出鱈目を次から次へと思ひつく氣違ひは未だ曾て見たことがない。いづれにしても、こんな奴が飛出したことは、何か自然に悖る不吉なことだと。

此の長老が偶々、家の印として豹の爪を有つ・最も有力な家柄の者だつたので、この老人の説は全長老の支持する所となつた。彼等は祕かにシャクの排斥を企んだ。
76それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:48:18.33ID:W4O2WXp9d
 シャクの物語は、周圍の人間社會に材料を採ることが次第に多くなつた。何時迄も鷹や牡牛の話では聽衆が満足しなくなつて來たからである。

シャクは、美しく若い男女の物語や、吝嗇で嫉妬深い老婆の話や、他人には威張つてゐても老妻にだけは頭の上がらぬ酋長の話をするやうになつた。脱毛期の禿鷹の樣な頭をしてゐるくせに若い者と美しい娘を張合つて慘めに敗れた老人の話をした時、聽衆がドツと笑つた。

餘り笑ふので其の譯を訊ねると、シャクの排斥を發議した例の長老が最近それと同じ樣な慘めな經驗をしたといふ評判だからだ、と言つた。
77それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:49:13.61ID:W4O2WXp9d
 長老は愈々腹を立てた。白蛇のやうな奸智を絞つて、彼は計をめぐらし

た。最近に妻を寢取られた一人の男が此の企に加はつた。シャクが自分にあてこする樣な話をしたと信じたからである。二人は百方手を盡くして、シャクが常に部落民としての義務を怠つてゐることに、みんなの注意を向けようとした。シャクは釣をしない。シャクは馬の世話をしない。シャクは森の木を伐らない。獺の皮を剥がない。ずつと以前、北の山々から鋭い風が鵝毛の樣な雪片を運んで來て以來、誰か、シャクが村の仕事をするのを見た者があるか?

 人々は、成程さうだと思つた。實際、シャクは何もしなかつたから。冬籠りに必要な品々を頒け合ふ時になつて、人々は特に、はつきりと、それを感じた。最も熱心なシャクの聞き手までが。それでも、人々はシャクの話の面白さに惹かれてゐたので、働かないシャクにも不承無承冬の食物を頒け與へた。
78それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:50:08.90ID:W4O2WXp9d
 厚い毛皮の陰に北風を避け、獸糞や枯木を燃した石の爐の傍で馬乳酒を啜りながら、彼等は冬を越す。岸の蘆が芽ぐみ始めると、彼等は再び外へ出て働き出した。

 シャクも野に出たが、何か眼の光も鈍く、呆けたやうに見える。人々は、彼が最早物語をしなくなつたのに氣が付いた。強ひて話を求めても、以前したことのある話の蒸し返ししか出來ない。いや、それさへ滿足には話せない。言葉つきもすつかり生彩を失つて了つた。

人々は言つた。シャクの憑きものが落ちたと。多くの物語をシャクに語らせた憑きものが、最早、明らかに落ちたのである。
79それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:50:41.39ID:W4O2WXp9d
憑きものは落ちたが、以前の勤勉の習慣は戻つて來なかつた。働きもせず、さりとて、物語をするでもなく、シャクは毎日ぼんやり湖を眺めて暮らした。

其の樣子を見る度に、以前の物語の聽手達は、この莫迦面の怠け者に、貴い自分達の冬籠りの食物を頒けてやつたことを腹立たしく思出した。

シャクに含む所のある長老達は北叟笑んだ。部落にとつて有害無用と一同から認められた者は、協議の上で之を處分することが出來るのである。
80それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:50:45.04ID:5gSmmjV/d
>>63
鷹だの狼だの

の所が鷹娘に空目したわ
81それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:51:12.17ID:W4O2WXp9d
 硬玉の頸飾を著けた鬚深い有力者達が、よりゝゝ相談をした。身内の無いシャクの爲に辯じようとする者は一人も無い。

 丁度雷雨季がやつて來た。彼等は雷鳴を最も忌み恐れる。それは、天なる一眼の巨人の怒れる呪ひの聲である。

一度此の聲が轟くと、彼等は一切の仕事を止めて謹愼し、惡しき氣を祓わねばならぬ。奸譎な老人は、占卜者を牛角杯二箇で以て買收し、不吉なシャクの存在と、最近の頻繁な雷鳴とを結び付けることに成功した。
82それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:51:46.32ID:W4O2WXp9d
人々は次の樣に決めた。某日、太陽が湖心の眞上を過ぎてから西岸の山毛欅の大樹の梢にかかる迄の間に、三度以上雷鳴が轟いたなら、シャクは、翌日、祖先傳來のしきたりに從つて處分されるであらう。
83それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:52:19.79ID:W4O2WXp9d
 其の日の午後、或者は四度雷鳴を聞いた。或者は五度聞いたと言つた。

 次の日の夕方、湖畔の焚火を圍んで盛んな饗宴が開かれた。大鍋の中では、羊や馬の肉に交つて、哀れなシャクの肉もふつゝゝ煮えてゐた。

食物の餘り豐かでない此の地方の住民にとつて、病氣で斃れた者の外、凡ての新しい屍體は當然食用に供せられるのである。シャクの最も熱心な聽手だつた縮れつ毛の青年が、焚火に顏を火照らせながらシャクの肩の肉を頬張つた。例の長老が、憎い仇の大腿骨を右手に、骨に付いた肉を旨さうにしやぶつた。しやぶり終つてから骨を遠くへ抛[はふ]ると、水音がし、骨は湖に沈んで行つた。

 ホメロスと呼ばれた盲人[めくら]のマエオニデェスが、あの美しい歌どもを唱ひ出すよりずつと以前に、斯うして一人の詩人が喰はれて了つたことを、誰も知らない。
84それでも動く名無し
垢版 |
2023/04/27(木) 05:55:06.79ID:W4O2WXp9d
(昭和16年4月ごろ脱稿)
2023/04/27(木) 06:06:57.96ID:pVpvpNglH
https://i.imgur.com/UCgePE0.jpg
https://i.imgur.com/6XRo287.jpg
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