大規模な金融緩和を提唱した浜田宏一氏が10年間で賃金が上がらなかったのを「予想外」と吐露したのは、政策の機能不全を象徴している。生活への恩恵が乏しかった上、賃金が上がらなければ緩和を止められない目標を設定し、出口がない状況に陥ったからだ。
 浜田氏は、経済の停滞をぬぐい去るにはお金を大量に流す金融緩和が必要と主張してきた。強い影響を受けた安倍晋三氏は「日銀に無制限にお金を刷ってもらう」とまで発言した。2012年の衆院選で緩和策を政策の目玉に掲げ政権を奪還し、黒田東彦氏を日銀総裁に任命して世界でも異例の政策を実行させた。
 日銀職員の多くは当初から、緩和で日本が一変するかのような浜田氏の考えを疑問視したが、安倍氏に抵抗できずに従った。結局トリクルダウンは起こせず、賃金は上がらなかった。
 日銀の目標は物価が前年比2%上がる経済の実現だ。緩和策は民間の金融機関から国債を買うことでお金を流す仕組みで、賃金の上昇を伴って物価2%が安定しなければ止められない。2年程度での実現を掲げたのに10年が経過する。
 日銀は国債を買い過ぎると、円安時などにお金の価値を高めて物価を抑える「金利の引き上げ」という市場操作が難しくなる。実際に昨年から、過度な円安が物価高を促進させ生活を圧迫した。「急激な為替変動こそ国民の資産を急減させかねず、最も怖い」(財務省幹部)といわれる。
 暮らしに影響する副作用が表面化し始めたのに、長期化した緩和策は誰も出口を見いだせていない。浜田氏が「もう少し早く疑問を持つべきだった」と「反省」を口にしても、安倍氏は既にこの世を去り、黒田氏も間もなく退任する。10年で大きく成長した危機の芽を残して。 (渥美龍太)