私は立浪氏に生前、こんな質問をしたことがある。

「どうして監督時代に、選手に細かな打撃指導を行わなかったのですか?」

 王貞治に次ぐ657本の本塁打を放ち、通算2901安打を誇る立浪氏が、監督時代に選手を手取り足取り打撃の指導をしたという話を聞いたことがないことを不思議に思ったからだったが、立浪氏は私の問いにこう答えた。

「みんながオレとまったく同じ骨格で、筋力の強さや体の柔軟性も同じだって言うんだったら教えることができるけど、現実にはそんなことあり得ないよね。十人十色という言葉があるように、10人いれば筋力の強さもみな違えば、体の柔軟性だって違う。だからこそ『オレの打ち方が正しい』なんて自信を持って言えないし、細かな打撃指導はしなかったのはその点が大きいからなんだよ。

 それにオレはよくコーチたちに、『自分の経験で得たことが絶対に正しい』という言い方で指導するなよと、口酸っぱく言い続けていた。仮に10人中10人を育てたマニュアルがあったとしても、11人目にそれが当てはまるとは限らない。『人を育てる』っていうのは、それだけ繊細なものなんだということは、みんなに知っておいてもらいたかったから、そう言っていたんだけどね」