父の大貴さんがこう話す。

■ずっと泣いていた

「周囲の方から聞きましたが、その日はずっと泣き続けていたそうです。憔悴して食事が喉を通らず、夜も寝付けなかったとか。私はその翌日の夜に『お前は相手の失格を望むような選手になるなよ』とLINEでメッセージを送りました。決勝進出が決まった7日には、『一緒に失格処分を受けたスーチャディ選手(インドネシア)へのリスペクトを忘れちゃいけない』『アクシデントについて尋ねられても、相手選手を批判しちゃダメだよ』と。いずれも、『わかった』と返事が来ました」

 大貴さんは京都にある江戸時代中期(1848年)に創業した造園会社「植彌加藤造園」と「京都造園建設業協会」の会長を務めている。