元メジャーリーグ選手・松井秀喜が左打者に転向したワケや、過去のドラフト会議の裏話について語った。

ニューヨークを訪れた石橋貴明は松井と対談。2人が初めて会ったのは松井が巨人に入団して1年目のときの番組収録だったという。石橋はそのとき、プロの強打者だとバットスイングが早すぎ、かえって飛距離が出ないはずの軟球を松井がフェンスに直撃させたのを見て「星稜・松井はすごい!」と思ったことを明かすと、松井は「軟式出身ですから」と軟式野球出身だからこそできたのだと明かした。

石橋は「真面目にご本人から聞きたかったんですけど」と切り出すと「本当に小学校のときバカスカ右で打っていて、あまりにも打ちすぎるのでお兄さんが『秀喜、お前左で打て』と言って左で打ったというのは本当なんですか?」と、左打者転向の真相について質問した。

松井は「半分本当です」と答えて「掛布(雅之)さんのファンだったので、左打ちをやってみたいなと思って」と告白。石橋が「右投げ左打ちに憧れたんですか?」と問うと、松井は「そうです。掛布さんと(ランディ・)バースさんも好きだったんですよね」と、もともと阪神ファンなことから、憧れの選手への思いとともに真相を率直に告白。

すると石橋は「だから巨人に指名された時に一瞬『……』って、うれしそうな顔してないで固まってましたよね?」と直球質問。松井は1992年のドラフト会議の際に阪神に入ることを希望していたものの、挑戦権を獲得したのは当時読売ジャイアンツの監督だった長嶋茂雄だった。

そのときの記者会見で松井は阪神に入りたい希望があったことを自ら語っており、当時について苦笑しながら「やっぱり阪神ファンはジャイアンツが好きじゃなかったですよね。基本的にはいつも負けてばかりだったので」とぶっちゃけた。

石橋が「それが巨人の4番をはるというのは、やっぱり長嶋(茂雄)さんが?」と問うと、松井は「やっぱり長嶋さんがほぼすべてですよ」とコメント。当時、長嶋氏が直接松井に電話をかけたことで入団を決めた経緯があり、いまでは恩師の長嶋氏の存在が大きかったことを明かした。

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