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慶応の監督がまさに子供こそ保守的で同調圧力に流されるって見抜いてたな、広陵も髪型自由化しても結局部員希望で坊主になってるらしいが

https://number.bunshun.jp/articles/-/858353?page=2
子どもは柔軟なようで、意外と保守的
“ザ・高校野球”の型にはまっているのは、大人だけではありません。実は選手の側にもこうした流れに飲み込まれている者が少なくないのです。

幼い頃に甲子園を見て、甲子園に出たいと思う。そこまでは理解できます。しかし、そのために「●●高校に行けばいいだろう」や、
「その高校に行くためにはどの中学校のチームに所属すればいいのか」といったようなことまでを周囲の大人と一緒に考え始めるのです。
表現は良くありませんが、皆が皆、甲子園というキーワードに取り込まれて中毒症状を起こしてしまったような状態。
選手も自ら進んでその枠に入り、坊主頭を強制されることに何の疑問も抱かないような子が大多数ではないでしょうか。

子どもは柔軟なようで、意外と保守的です。私は小学校の教員もしているのでよく分かりますが、
小学生も突飛な発想をするよりは皆と同じことで満足する傾向があります。遊びで言えば、自分が新しい遊びを開発するよりも、
誰かが持っているゲーム機を欲しがるというような傾向があります。

これは日本人の特性なのかもしれませんが、少なくとも高校野球が助長している部分はあると思います。
こうしたところにも一石を投じるべきで、「高校野球がこんなにも変わった」と認知されるようになれば、
そこが風穴となって日本のスポーツ界や、もっと言えば日本社会そのものが変わっていくイメージも持っています。