2030年7月神宮での3連戦。去年シーズン途中に故障で戦線を離脱したエース戸郷の復帰戦、シュート回転気味のストレートのあの伸びを信じきれなかった。

あれだけ苦楽をともにしてきた後輩の底力を信じてやれなかった。代打で登場した青木宣親。右打者なら躊躇なく泳がせて三振にとりにいっていただろう。

けれど、48歳になってまだ現役で活躍する大ベテランがその逃げる気持ちを見逃すはずがない。わかっていたはずなのに。打球は歓声のなかに消えた。その歓声が試合を決めた。

そこまで全盛期を思い出させる見事な投球だっただけに、キャッチャーの大城の心を折った。これは試合の流れどころか、ペナントの流れすら左右してしまう。悔しそうに下唇を突き出してスコアボードを眺める戸郷の背中が遠い。

気がつけば2020年の日本一から10年ずっと、正捕手の座を守ってきた。37歳。誰がここまでの成長を当時想像しただろうか。

2025年にキャリアハイの打率.3487を記録して阿部慎之助の全盛期を抜いたのは自分でも出来過ぎだと思ってはいる。だがそれからの努力は見事だった。

量子コンピュータを駆使するデータ分析のチームを台湾から呼びよせ「直感型ID野球」を完成させた。瞬時にあらゆるデータを解析する。そこに自身の性格や球場の湿度やあらゆる不確定要素を加えて最適解を出す。

そしてそれを前日に徹底的に予習する。そんな鉄のような努力を続けられたのは、2020年のシリーズの快感が忘れられなかったからかもしれない。その自分が一瞬の隙を作ってしまった。

逃げる気持ちがその隙を突いた。それは10年かけて美しく完成したダムにあいてしまった小さな穴だった。小さなその穴が終わりの始まりなのがわかった。