■あの人は今  元阪神タイガース 藤浪晋太郎さん(34歳)

2028年、ワールドシリーズ。 それをテレビで見つめる男がいた。
18歳で将来を嘱望され阪神タイガースに入団した、藤浪晋太郎さんだ。
「あの頃は若かったですね(笑)」若き日を回想する藤浪さんは、どこか寂しげだ。
「いまだに夢を見ることがあるんですよ。ワールドシリーズ最終戦で、僕が完封してMVPになる夢を」
藤浪さんは22歳の時に制球難で不調に陥り、7年間一進一退を繰り返すことになる。
完全復活を果たせないままMLBに活路を求めたが2年で帰国。
その後「最後は甲子園で終われたら」という本人の希望に応じた阪神球団の計らいで阪神園芸へ転職するも、同年退職した。
今はたこ焼き屋を営む傍ら、地元の少年野球のコーチを勤めている。

●暖簾の屋号の文字は金本元監督の手によるものだ。
「いらっしゃい」。泉北線・泉ケ丘駅から歩いて75分。
「たこ焼き 骸骨」のえび茶色の暖簾をくぐって店内に入ると、白いタオルを頭に巻いた藤浪さんと妻・歩美さんの元気な声に迎えられた。
「去年の4月にオープンしました。暖簾の『骸骨』という文字は金本さんに左足で書いていただいたものだし、開店に合わせてスポーツ紙やテレビでも取り上げてもらった。
おかげで、県外から足を運んでくださるお客さんが多かったのはうれしかったですね」
藤浪さんは本当に嬉しそうに、僕たちに語ってくれた。

●とはいえ、その分、プレッシャーも大きかったという。
「たこ焼き好きは飛行機に乗って本場・大阪まで食べ歩きに出かける時代でしょ。
僕が修業した難波の老舗『わなか』のものは白味噌がベースなのが特徴だから、
築地銀だこのような揚げたこ焼きが本物と信じ込んでる関東人にはモノ足りないようなんです。
それで怒られちゃったこともあるけどそれも修業のうち。我慢、我慢です」

●かつてのライバルで現くふうハヤテ所属の大谷について尋ねると…
「知ってます?23歳までは僕の方が(通算勝利数が)上だったんですよ?」と、おどけ
「僕も周囲の忠告に耳を傾けてればって…歯がゆいですけど」
「今はもう現役に未練はありません。今度はこの、たこ焼きで世界一になれるよう、がんばるだけです!」

(写真)抗鬱剤を飲む藤浪さん。