称徳天皇は道鏡の「陰」では物足りなくなり、山芋で代用品を作り、これを用いていたが折れてしまい、取れなくなってしまった。局部が塞がり腫れ上がってしまった。ひとりの小さな手の尼が手に油を塗り、とろうとしたら、藤原百川が「霊狐なり(化け狐め)」と叫び、尼の肩を斬った。これが原因で、称徳天皇は衰弱し、亡くなってしまった……。
https://president.jp/articles/-/59247?page=3