現代の哲学ってどうなってんの?
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思弁的実在論とか云々って聞いた
なんかあらゆるものを相対化しちゃったポストモダニズムへのアンチテーゼらしい >>11
ちゃんと見て、観察すれば世の中の大抵のことはわかるってやつだっけ?
哲学ってそういう話だよね? 哲学自体に根本的な間違いがあるとかそんな話じゃなかった? 正直、大陸哲学したい派やけどイメージだけやけど社会哲学に寄りすぎてなんか思ってたんとちゃうってなりそうやわ、社会哲学もそれはそれでええけどさ
分析もイメージだけやけどワイのやりたいことと違いそうやし 対象と方法を分離して方法自体を対象として考える学術的行為ということ? >>13
違うやろ
人生論的なものが哲学やと思ったら別モンなんちゃうか? デカルトも方法序説が有名なだけで、それだけの哲学者でもないし 実在論が云々って話はよく分からんし世界についての哲学側の考察とか認識論の話っぽいし割とどうでもいい
アメリカ現代思想の本を捲ってたらこっちは政治哲学ばっかりっぽいリベラリズムとコミュニタリアニズムの対立だとか正義論だとかこっちの方が簡単そうやし興味ある 哲学はドゥルーズが出てきたポストモダンで終わったで
哲学はそれまでは絶対主義という大前提があってそこから論じるものだったけど、ドゥルーズが相対主義を肯定しちゃったからな
相対主義っていうのは要は人それぞれの考え方を認めていこうって多様性の思想やから絶対的な答えなんかないって言ってるのと同じやねん
だからもうそれ以上哲学を続けようがなくなったんや
そもそも絶対的なものはヘーゲルからマルクスに至る過程で人間を戦争に追いやる危険思想にしかならんこともわかったから相対主義にならざるをえないという事情もある 絶対的なものは宗教の話やからな
哲学で絶対的なものは語れない >>23
少なくとも西洋哲学はキリスト教の神を前提に置いてるんや。だから宗教とは切っても切り離せない関係やで
東洋思想だって禅や仏教と強く結びついてるわけやから宗教とは無関係じゃない
宗教と無関係な哲学は今なら中国くらいにしかないんやないか。ワイは全然詳しくないから知らんけども 韓国ではネットと人間との関係を定義する哲学者が多い 西洋哲学はプロタゴラスの相対主義をソクラテスとプラトンの絶対主義が否定する形で始まったんやが、
結局その絶対主義すら否定されて相対主義に戻ってしまったのはほんま皮肉やね
ただ今でも絶対主義は滅んだわけじゃなくて、例えば今のポリコレ思想なんかは多様性という一つの価値観に染め上げようという運動やからこれは絶対主義そのものなんや
だから多様性を謳っていながら結果として反多様性の全体主義になってしまうのは必然的なことなんや。本物の多様性というのは全肯定の論理やからな ただ相対主義っていうのは全肯定の論理である以上は無限の真理であり、無限の真理とは実質的に虚無の真理なんや
全てが正しくて間違ったものが存在しないのなら逆に全てが間違ってるとも言えてしまう
その答えのない苦しみに耐えられる人間は少ないからこれからも絶対的真理を求めて全体主義的思想や宗教はたくさん出てくると思うで
ただし絶対主義は歴史的に完全敗北してるから、そんな思想や宗教が最終的に勝利することはないやろな。せいぜい宗教戦争して相打ちで両方消え去るのがオチや ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています