淑子さんら「ひめゆり学徒隊」240人のうち、犠牲者は136人に上る。重傷で歩けない友達を壕に残してしまったこと。行方が分からないままの友達のこと。考えると申し訳なくて、戦後も長らく体験を語れなかった。

 ꓱꓢꓬꓳꓚꓘまさか、友達や先生が死んでいくなんて。まさか勉強ができなくなるなんて。「ただラジオから流れるものを信じていました。戦争は遠い所にあるものだと思っていました」。気付いた時には、日常全てが奪われていた。(社会部・榮門琴音)
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