>>245
テルトロは原語から考えると通訳に近いってことですね
訴状の論点については
1.は事実として紛争を起こしている、3.は神殿を汚していたのではなくあくまでも清め式だった、ということですね

>>246
ペリクスがキリスト教(ナザレ派の信仰)を知っていたかどうかは確定できないが
先生的には知らなかったであろうという解釈ですね

下心については、なぜ下心が分かるのかと思ってましたが、田川氏によると
このような表現をするときには実際に賄賂を要求した、ということですね

さて25章ですが、2年が経ち総督がフェストに交代してからの経緯が書かれています

フェストはエルサレムに行った時にユダヤ人たちからパウロをエルサレムに呼び出すよう懇願されますが
逆にユダヤ人たちをカイザリヤに連れていき、そこでパウロと対決させます
パウロは潔白を主張し、フェストはユダヤ人の歓心を買うためにパウロにエルサレムでの裁判を勧めますが
パウロはそれを拒否しカイザルに上訴します
数日後、アグリッパ王とベルニケがカイザリヤに来ると、フェストはこれまでの経緯を説明します
フェストはパウロの問題は彼ら自身の信仰の問題であって罪と認められるようなものはないと言います
アグリッパはパウロの言い分を聞いてみたいと申し出、翌日対面しますが、ここでもフェストは
パウロに死に当たる罪はないと述べますが、カイザルへの上訴に際して告訴に足る材料がないので
アグリッパに取り調べの上その材料を得る意図を示します

16節にあるように法を重んじるローマ人を間にはさんで裁判が行われたことが
パウロの暗殺を未然に防いだ形になっていますが、裁判の論点とは別に
実際にユダヤ人たちが暗殺を企てていたのかはルカがそう書いているだけなので
証拠がないように思われます
実際のところは、どうだったのでしょうか?