>>271
熱心なパリサイ派であったパウロがイエス信仰者の殺害に賛同していたということは
同様に熱心なユダヤ教徒もイエス信仰者に「寝返った」パウロの殺害を企図したとしても
不思議はないわけですね

さてマルコとヨハネはイエス受難前の香油注ぎの箇所ですね

以前先生が言われていたとおり、この箇所に関してはヨハネのほうがはるかに詳しく記述されています
マルコではらい病人シモンの家となっていますが、ヨハネではラザロの家になっています
また香油を注いだ女とそれを非難した人もマルコでは特定されていないのに対し
ヨハネでははっきりとラザロの姉妹マリアとイスカリオテのユダと特定されています
細かいところでは、マルコの香油注ぎが頭であるのに対し、ヨハネでは足になっており、かつマリアが
自分の髪の毛でそれを拭ったことになっています

詳しいからと言って史実である証拠になるわけではないですが
マルコは明らかに伝聞で記述しているのに対し、ヨハネは直接見聞きしたような書き方になってますね

しかし疑問があります
ヨハネの記述が史実に近いとすると、同じく弟子たちが直接見聞きしたはずのラザロの復活
あるいはそのように思わせるような「極めて劇的な」出来事が、なぜヨハネだけに記述されて
他の福音書には記述されていないのでしょうか?
仮にそれほど劇的な出来事であれば、復活が事実であるかどうかを問わず
少なくともイエスのフォロアーたちに共有され信じられていたはずの出来事なわけですから
他の福音書に記述があって然るべきであるように思われます

ということは香油注ぎやラザロの復活を含むヨハネの記述は史実であるよりも
共観福音書とは別系統の伝承に基づいている、と考えたほうが妥当ということにはなりませんか?