>>782
こういったところはいろいろ解釈があるのかもしれませんが
どうしても純粋に相手のために、という感じじゃない印象を受けますよね
実際問題として迫害する者のために祈ることは難しいとしても
憎しみの連鎖を断ち切る教えを提示するところに宗教のひとつの重要な役割があるわけですから
そこはもっとストレートに、シンプルに語ってほしいところです

さてヨハネの該当箇所は例のペテロの裏切りというか、ペテロがイエスを知らないと
答えてしまう箇所ですね
ここは前にも書いたように、わたしは作り話だと思ってますが
そうだとしても人間の弱さを示すエピソードとして、重要な箇所だと思います
21章はイエスが三度、ペテロに「わたしを愛するか」と問い、ペテロがそのたびに
肯定する場面ですが、上記の三度イエスを知らないと否定する場面と好対照をなしています
しかしイエスが三度も同じ質問をしていることからも察せられるように
ここはペテロの従順を描写しているというよりも、表面上の従順や愛をむしろ批判している箇所として
読めるように思います

ともかく槍玉に挙げられる弟子はペテロなんですが、ヨハネは特にペテロとは反りが合わなかった
ということでしょうか?