>>10
やはり11章冒頭部は解釈の分かれる箇所(よく分からない箇所)なんですね
こういった箇所は当時の人達にとっては具体的な社会的文脈があり
想像しやすかったのかもしれませんが、そういった社会的文脈をもたない現代の我々には
かなり解釈が難しくなるところと言っていいんでしょうね

12章7節については先生の書き込みが途中で切れているので、分かりませんが
内容からして、キリスト教では神の「息吹」で霊肉が結合すると魂になり
それは肉体の死後も存続することになっているのに対し、コヘレトの時代では
肉が朽ちると霊の部分は神へと帰還する(魂という実体を保たない)ということなんでしょうかね

さて今日からはまたパウロで、1コリですね

10節までが前置き(冒頭の挨拶)のようになっていて、11節からコリントの教会で起こっている
具体的な問題についてのパウロの回答になってますね

12節から察すると、コリント教会のひとたちの間ではパウロ派、ペテロ派といった派閥のようなものが
形成されつつあり、それが分裂を引き起こしつつあったようです
これに対するパウロの回答は13節にあるように「キリストにおいてひとつ」ということなのでしょう

そのあとのパウロの話のなかで目を引くのは、22-23節に典型的に示されているように
クリスチャンはユダヤ人の求めるしるし(奇跡)やギリシャ人の求める知恵(哲学)ではなく
十字架に付けられたキリストを述べ伝えているのだ、という箇所です

パウロの立論では、人間が誇ることのないように
神は愚かな者、弱き者、身分の低い者を神・キリストを述べ伝える者に選んだということです
ここは実際にはイエスのメッセージ(キリスト教のメッセージ)が社会的弱者に強く訴えかけるもので
あったがゆえに、そういった人たちが多かったのだろうと思います

今回の質問は1コリの最初ということで基本的なことについての確認です
コリント教会は、もちろんギリシャにあるのでギリシャ人が大半だとは思うのですが
実際は離散ユダヤ人もそれなりにいたのでしょうか?規模や男女比なども、もし分かるのであれば、教えてください