0001それでも動く名無し
2022/04/08(金) 15:49:24.69ID:HhP57Ietd「勝っても球場では胴上げはしない。1秒でも早く宿舎へ帰るんだ」
1秒でも早くとは大げさな―と多くの選手たちは思った。だが、それは事実だった。試合終了と同時に約3000人のファンがグラウンドになだれ込んだ。左翼ラッキーゾーンにいた小林たちには「頭の上からファンが降ってくる」ように思えたという。
暴徒と化した阪神ファンが目指したのは巨人ベンチ。守っていた野手たちは一目散にベンチ奥へと駆け込んだ。
「走れ! 早く!」とベンチ前で声を張り上げ、選手たちが全員戻ってくるのを待っていた牧野ヘッドコーチと王が逃げ遅れて虎ファンに捕まった。幸い1、2発殴られただけでケガはなかった。
「竹園旅館」に帰り着いた巨人ナインは2階大広間に集まった。「いこうぜ!」という王の掛け声で川上監督の胴上げが始まった。体重87キロ、バンザイをした川上監督の巨体が天井に届きそう。7度宙を舞った。その歓喜の輪の中に小林も入った。
48年の巨人は決して強くなかった。4、5月は負け越し。オールスター直前の成績は借金「3」の4位。エース堀内は5月に2軍落ち。高田は開幕から20打席ヒットが出ない。長嶋、土井、黒江たちもじりじりと打率を下げた。
「三冠王」(打率3割5分5厘、51本塁打、114打点)に輝いた王も序盤、55打席ホームランが出なかった。ライバルの田淵に9本差をつけられたときには、王はまるで新人選手のように毎日、球場に一番乗りして真昼の特打ちを行ったという。
祝勝会の会場で柴田が嬉しそうに胸を張った。
「息子が大きくなったら、きょうの一戦を詳しく話してやるんだ。そして、パパはその試合で3番を打ったんだぞ―と自慢してやるんだ」
この日の朝、「次男誕生」の知らせが入っていたのである。
巨人のV9は「伝統の勝利」といわれた。こうして小林のプロ1年目のシーズンが終わった。(敬称略)