いとも簡単に料理した。ウイニングボールを岩崎から受け取ると阪神・ウィルカーソン(ドジャース3A)は長髪をなびかせてニヤリとした。4万人超の大観衆の前で投げるのは初めてだろう。それでも新しい生活環境を楽しめる性格からこそ来日初登板勝利をつかめた。

「たくさんのファンの目の前で投げられて、サポートのおかげで何とか乗り切ることができました」

お立ち台では今季最多の4万354人のスタンドに向かって一礼。「タイガースファン、アイシテル!」。スタンドからは大きな拍手を受けた。

一回、先頭の吉川に右前に運ばれた。けん制悪送球などで1死一、二塁とされたが、岡本和&丸を片付けて落ち着けた。最速146キロにスライダー、チェンジアップなど変化球多彩。6回3安打1失点で試合を作った。

コロナ禍による入国制限で来日したのは3月上旬。米大リーグでは通算14試合でわずか1勝と、ガンケル、アルカンタラの保険という立場だった。だが、大学時代に右肘の手術を受け、メジャーのドラフト指名漏れ後は冷凍食品会社で勤務していた男の心は折れなかった。鳴尾浜では日本選手と同じメニューをこなすことを希望し、日本語を勉強しようと秋山、伊藤将らに「朝食、何を食べているの?」と話しかけた。

「日本食は本当においしいと思う。納豆以外はね(笑)。自分で料理を頼めるように頑張っているよ」

「ヤキトリ」は一度だけ注文できた。ただし、塩? タレ? モモ? などと店員から質問されると「まったく分からなかった」という。チームメイトを先生役≠ノ日本に溶け込もうとしている。そんな自分を支えてくれるのは、この日も応援にきてくれたハンナ夫人や子どもだちだった。

「笑顔を見ると、幸せだなと。この後、ハグとキスをして喜びを分かち合いたい」

矢野監督は「大きな力になる」とうなった。不屈の魂をもつ助っ人が、一歩を踏み出した。(三木建次)