0001それでも動く名無し
2022/05/23(月) 09:29:59.75ID:B9K4l7B30練習にも熱心で、誰よりも早く来て誰よりも遅くまで練習をする。才能を傲らない努力、それが当たり前にできる凄い奴だ。
ところがそんなアイツがどういうことか練習をサボるようになった。例え練習にきても遅刻や早退をよくするようになった。原因は明白だった。
大谷の大親友である藤浪晋太郎。彼の失踪をおいて他に原因はないだろう。失踪当初バラバラにされた猫の額より小さい送球範囲こと一万回壊れた肩金本知憲監督の遺体が発見されていたという。
だが、それがいくらショックであっても練習をおざなりにしてはいけない。俺は話し合いをするためアイツを飯に誘った。
香ばしい肉の焼ける臭い。密閉された個室には外界の喧騒などまるで聞こえない。 俺と翔平は煙を巻き上げる七輪を挟んで向かい合っていた。
なぁ翔平、最近調子はどうだ？
七輪の上で焼けていく焼肉の様子をうかがいながら聞く。 無論答えは分かっている。親友を亡くしたのだ元気があろうはずもない。アイツの琴線に触れることが目的の質問だった。 奥手なコイツと腹を割って話す方法をこれ以外知らなかった。
元気ですよ？
だがアイツはこちらの予想に反して快活な笑顔を見せた。じゃあなんで最近練習サボるんや？と思わず本音が漏れた。
最近オーバーワークとお医者さんに言われまして、練習を緩くしてもらってるんです。
とアイツは答えた。何だそういう事か。早とちりしてしまったと自分の生来の浅はかさを恥じる。
しゃーない今日は俺の奢りやたくさん食ってけ。
俺がそういうと大谷は笑い鞄から何か薬包紙のようなものを取り出した。そのままその袋をピリッと破る。 大谷は山のように盛られた白米の上にそれを振るった。破れた包紙の中からは赤黒い斑な粒が舞い落ち純白の白米を赤く染める。
翔平なんやそれ。ふりかけか？
屈託のない笑顔をしたまま黙々と白米に満遍なくそれをふりかける大谷。焼肉屋まできてふりかけをかけるのはどうかと思うが不思議ではない。
だがなぜかその大谷の姿を見ていると胸の奥底から言い表せない不安感が込み上げてくる。
そんな変なもんかけるなや。肉食え肉！たんぱく質とらんと体大きくならんで。 そう声をかけた。かけた瞬間背筋が凍った。大谷の顔からは一切の表情が消えただ無機質な二つの瞳がこちらを睨んでいる。
――変なもの？変なもの？変なもの？許せない？許せない
聞き取れない大きさで大谷は何かを呟く。
急変した大谷の態度に金本しばりのように体が重くなった。
何か危機感を感じ俺は個室からトイレへ逃げこんだ。ドアを閉め大便器の上に座る。
あの冷たい表情は怒っていたのだろうか。だが俺はアイツを怒らせるようなことを何か言ったのか？
アイツがあんな顔をしたのは藤浪の危険な球を一喝した黒田と藤浪に無茶な起用を強いた金本にだけだった。 アイツが藤浪のこと以外でこんなに怒るなんて。
――コンッコンッ
ドアをノックする音で目が覚める。どうやら寝てしまっていたようだ。
中田さん…中田さん…大丈夫ですか？
大谷の声が聞こえる。一瞬だけ戦慄したがその声色からは先程の異様な雰囲気は消えいつものアイツのものへと戻っていた。 どうやらもう怒ってはいないようだ。トイレから出たら謝ろう。 はぁ、疲れとるんやな。すまん大丈夫や、今行く。
そう言って、俺はゆっくりと扉の鍵を開けた。
