「毎日必死でした。最初は1回で返事をしなかったと怒られ、そのうちに返事はしたけど、顔や背中に不服な態度が出ていたということで怒られるんです。『カオ』とか『セナカ』とか呼ばれるミスです」

誰かに何らかの落ち度があれば、連帯責任だ。寮内に抑揚のない放送が流れる。

『1年生の皆さんは至急、娯楽室に集合してください』

この「集合」と呼ばれる罰則は、2階の一番端にある「娯楽室」でなされることが多かった。8畳ほどの部屋には窓があったが、磨りガラスのようになっていて外からは見えにくかった。
入室すると1年生たちは両腕を前に伸ばし、空気椅子の体勢になり、そのまま上級生の指導を受ける。

 10分、20分、30分……。時計の針が一周するのが永遠のように感じられた。次第に限界に達した者が膝をガクガクさせ踊り始める。冬でも汗が床にポタポタ滴り落ち、その熱気で窓はびっしょりと結露し、中の様子は外からまったく見えなくなった。

「それが1時間とか続くんです。僕らにとって、あの部屋は地獄室でした……」

大抵はメンバー入りできない上級生からの抑圧だった。野球に人生をかけたサバイバル。失望は嫉妬となり、怒りに変わり、やがて狂気になった。脱落者がさらなる脱落者を求める狂気である。

1年生の中に野球の才能ではプロ間違いなしと言われる逸材がいた。だが、彼は入学間もないある日、娯楽室での説教に耐えかねて、何事かを叫びながら上級生の群れにひとり突っ込んでいった。
翌日から彼の姿は消えていた。

そして何事もなかったように、また研志寮の1日が始まる。
「楽しかったのはグラウンドだけ。竹バットの芯でとらえた打球がフェンスの向こうに消えていく。その一瞬だけです……。ただ僕はプロに行けたので、まだ良い方です」

広島、ダイエー、台湾と渡り歩いて引退した。野球以外の仕事に就いたこともあった。社会に触れるたび、なぜ自分はここまで偏った人間なのだろうと煩悶した。

「何時に寝ても朝早く目が覚めてしまいますし、飯も5分で食べる癖がついています。会議で年上の人が発言すれば、黙ってそれに従ってしまう。社会人としてどうかと思うことはあります。
それに……僕、やっぱり野球のことしか考えられないんです」